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フォールト・ラインズ―「大断層」が金融危機を再び招く [著]ラグラム・ラジャン

[評者]植田和男(東京大学教授)

[掲載]2011年02月20日

[ジャンル]経済

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■金融危機生んだ貿易不均衡と政治

 著者は今回の金融危機の数少ない予言者の一人として有名な学者である。既に2005年に執筆した論文で、米国の大手銀行のバランスシートがリスクの高い資産を多く抱えており危険な状態にあると指摘していた。本書はより一般に、大量の不良債権を生み出したメカニズムを、英米とその他という透明性に差がある金融システムの接触、世界的な貿易不均衡、さらには米国の国内政治のゆがみから説明している。
 読者によって本書の叙述のどの部分に特に興味を覚えるかはさまざまだろう。しかし、米国の国内政治、社会背景に関する記述は多くの人にとって参考となろう。1980年代以降、経済活動における教育格差の影響が増大するにつれて米国における所得分配は著しく不平等化した。米国は伝統的に所得再分配政策に対する抵抗が強い国である。そこでクリントン、ブッシュ政権を通じて採用されたのが、低所得層に対する貸し付け、特に住宅ローンを促進するという政策である。連邦住宅局によるローンの保証、政府支援機関による証券化された低所得層向け住宅ローンの買い取りだけでなく、民間金融機関への住宅ローン拡大指導に及んだ。08年時点でさまざまな政府系機関が保有した低所得層向け住宅ローンは200兆円を上回ったという。政府の積極的な関与を見て民間金融機関もこの分野に大規模に参入、徐々に貸し出しの規律は低下、住宅ローンへの投資家のリスク管理も緩み、金融危機の最大の要因の一つとなった。低所得層の生活改善という当初の意図は妥当なものだったが、融資という手段は、「ポピュリスト的な一時しのぎ」に過ぎない。わが国の最近の状況にもかかわる重大なポイントである。
 その他の金融危機の要因として、米国連邦準備制度がインフレ率の低位安定にこだわりすぎた金融政策を進めたこと、またその背後に今回の危機のように市場経済制度の根幹が揺るがされるような事態を想定せずに金融政策の在り方を分析してきた経済学の責任もあるという指摘が印象に残る。
 評・植田和男(東京大学教授・経済学)
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 伏見威蕃・月沢李歌子訳、新潮社・1995円/Raghuram G. Rajan 63年生まれ。米シカゴ大教授。

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