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沖縄 空白の一年 一九四五—一九四六 [著]川平成雄/沖縄戦と民間人収容所 [著]七尾和晃

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2011年02月13日

[ジャンル]歴史 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■集権型解釈を超え、心情を的確に描く

 近現代史の史実の見方は、二つのタイプが先導している。東京発信の中央集権型解釈とアカデミズムを軸とした史料主義的解釈である。そのために見落とされている視点と証言があり、それが史実の見方を狭めていることは否めない。
 近年の沖縄論も基本的にはこの構図があるのだが、しかし沖縄をめぐる教科書問題、普天間基地に象徴される戦後の未決算などにより、中央集権型や史料主義的な見方を超える書が発表されつつある。川平成雄の『沖縄 空白の一年 一九四五—一九四六』は前者を超え、七尾和晃の『沖縄戦と民間人収容所』は後者に欠落する証言を補うという点で注目されていい。
 とくに川平著は、沖縄を本土の感傷でなぞる書も含めて、従来の沖縄論に疑問を呈する重みをもつ。沖縄に「戦後」はないとの視点がくり返し指摘される。この意味はひとつに牛島満司令官の自決した日の6月23日でも、8月15日でも、あるいは9月2日でもなく、45年3月26日(慶良間列島の占領)のニミッツ布告第一号から46年4月15日の貨幣経済復活までのほぼ1年間を「空白」と捉え、この期間に沖縄の特異な戦時・戦後体験があったと見る。
 二つに、戦争終結とは沖縄の住民にとって自らが米軍に捕らわれた日との見方を提示される。8月15日には沖縄の収容所の幾つかには学校もあり、教育も行われていた。新聞も発行されていた。捕虜となった沖縄の人びとはすでに新しい生活に入っていたが、その環境が今なお続く。なぜそうなったのかを本書は説き明かしているのである。
 沖縄を軍事的に制圧した段階で、アメリカは今後この地をどのように使うかの価値を知っていた。地質がよく農業に向いている土地はそのまま軍事施設に適している。加えて東西冷戦の軍事基地としても、この地を離すわけにはいかない。つまり沖縄は日本側により切り捨てられたのだ。沖縄の人びとがいかに日本軍や戦後の政府に利用されたか。私たちが見逃し、傍観していた史実(たとえば戦災孤児のマラリアなど)も示されて、東京発信の中央集権型解釈は黙する以外にない。
 米軍の収容所が日本軍よりはるかに安全であり、生活も保障された現実、ショウランド事件に示される米軍将校の傲岸(ごうがん)な言動に食糧を完全に与えよと日本側は抗議し、それを受けいれる例は収容所のほうが日本軍の下にいるより格段に民主主義的でもある。
 この空白の1年に、米軍に水や食を保障されながらも、収容所風民主主義そのものの矛盾にも気づかされる。とくに七尾著は沖縄人の収容所での証言を数多く集め、この収容所をアメリカの歴史であるインディアンの保留地と重ね合わせるなどいくぶんの無理もあるにせよ、沖縄人の心情は的確にえがいている。
 二書により従来の沖縄論の欠落が明らかになり、私はしばし茫然(ぼうぜん)としつつ考えこんだ。
 〈評〉保阪正康(ノンフィクション作家)
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 『沖縄 空白の一年』 吉川弘文館・2940円/かびら・なりお 49年生まれ。琉球大学教授(沖縄社会経済史)。△『沖縄戦と民間人収容所』 原書房・2520円/ななお・かずあき 74年生まれ。ルポライター。『炭鉱太郎がきた道』など。

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