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脳のエシックス―脳神経倫理学入門 [著]美馬達哉

[評者]高村薫(作家)

[掲載]2011年02月13日

[ジャンル]科学・生物

表紙画像

■脳科学者から倫理への自省

 久しく脳ブームだが、脳科学者の著者はこう問う。人間が自分たちの脳を読み取ることを通じて自分たちを理解できると考え始めるとはどういう事態なのか、と。はて、脳科学者自身がこうした自省的かつ根源的な問いを発する以上、市井も真摯(しんし)に耳を傾けてみるべきだろう。
 標題の脳神経倫理学(ニューロエシックス)は、生命倫理学(バイオエシックス)から完全に独立しているわけではないものの、脳科学の進歩に伴う社会の側の要請によって拓(ひら)かれつつある研究分野である。脳という臓器はあくまで身体の一部であり、単体で独自の問題を人間に突きつけてくるわけではない。しかし、たとえば脳に電極を取りつけて脳情報を解読し、それをコンピューターに取り込んで義肢などを動かすBMI(ブレインマシンインターフェイス)の進歩はそのままサイボーグの技術につながっており、そのとき脳科学は、人間の主体とは何か、意識とは何かという領域に踏み込んでゆくことになる。
 もちろん、脳科学が研究しているのは厳密に生物学的な脳の活動や機能である。その成果として、たとえば視覚野だの前頭前野だの、大脳皮質を機能毎(ごと)に区分した脳地図は一般にもよく知られているが、脳科学が人間の心身の働きをそうした計測可能な脳の活動域へとマッピングしてみせたことは、私たちの自己認識のかたちにも少なからず影響を与えているはずだ。
 脳機能の解明が、医療分野での薬物やBMIによる脳への介入を加速させている今日、その最前線の脳科学者が逆に人間存在を問い、脳をその外部にある社会や文化や歴史へとあえて異化しようと試みる本書は、なにほどか示唆的である。ちなみに新しい視座の例をあげると、最新機器によって、植物状態の脳がときに外部の刺激に反応する様子を観察することが可能になったが、これを意識と見るか否かではない、「最小意識状態」という概念が近年提唱されているらしい。機能で見た脳ではなく、回復に望みをつなぐ家族とコミュニケーションする脳というパラダイム転換である。
 評・高村薫(作家)
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 人文書院・2730円/みま・たつや 66年生まれ。京都大学医学研究科准教授。『〈病〉のスペクタクル』。

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