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日本の刺青と英国王室―明治期から第一次世界大戦まで [著]小山騰

[評者]平松洋子(エッセイスト)

[掲載]2011年02月06日

[ジャンル]歴史 アート・ファッション・芸能 国際

表紙画像

■「野蛮」に憧れた、奇妙な交流史

 カバーの肖像写真に息をのんだ。笑みを浮かべた妙齢の英国女性が身にまとっているのは繊細なレース模様のドレスではなく、全身にほどこされた刺青なのだった。彼女は「刺青師の王様(キング)」と呼ばれた英国人G・バーチェットの妻。よく見ると、右上腕の一部に髪を結った日本女性の意匠が紛れこんでいる。
 この本を読むまでまったく知らなかった。明治期、英国から日本の刺青にこれほど熱い視線が注がれていたとは。
 刺青は文明開化まっさかりの日本で野蛮とみなされ禁止されたが、かたや「文明国」の英国王室や貴族階級にとっては憧憬(しょうけい)の対象だった。先鞭(せんべん)をつけたのは明治天皇にも面会したベレスフォード卿で、明治二年に来日したとき背中一面に狩猟の光景の刺青を入れた。十四年、のちのジョージ五世とアルバート王子は鶴と龍。英国の新聞記事は、わざわざ日本で彫る刺青は「大変な熱狂状態」と報じた。
 皮肉なパラドクスである。日本はひたすら「文明国」を目指したが、その相手から見れば「野蛮」な刺青はひとの肌に咲く精密な芸術の華だった。羨望(せんぼう)は、英国王室が複雑な婚姻関係をもつヨーロッパ王室にまで広がってゆく。
 著者は国会図書館や英国図書館を経て、現在ケンブリッジ大学図書館勤務。英国で発掘した資料や文献を精読し、まさに刺青をほどこすような丹念な手つきで日英間にひそむ奇妙な交流史を発掘してゆく。その過程で「刺青のシェークスピア」「エンペラー」と呼ばれてあまたの外国人顧客に刺青を彫った日本人、彫千代の存在も掘り起こし、興味をそそる。
 明治四十三年発表、谷崎潤一郎『刺青』の冒頭を思いだす。
「其(そ)れはまだ人々が『愚』と云(い)う貴い徳を持って居て、世の中が今のように激しく軋(きし)み合わない時分であった」
 鎖国下で独自に切磋琢磨(せっさたくま)、芸術的到達をみせた刺青の親善交流。それは明治の徒花(あだばな)などではなく、むしろ「貴い徳」の所産でもあったろうか。わたしは読むうち、ふしぎにのんびりとして微笑(ほほえ)ましい気分を抱いた。
 評・平松洋子(エッセイスト)
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 藤原書店・3780円/こやま・のぼる 48年生まれ。ケンブリッジ大学図書館日本部長。『国際結婚第一号』

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