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日本を問い直す―人類学者の視座 [著]川田順造

[評者]四ノ原恒憲(朝日新聞記者)

[掲載]2011年02月06日

[ジャンル]人文

表紙画像

■フィールドワークと「うねる」思考

 やはり「音」に敏感なのだろう。アフリカ・無文字社会での、声や音による豊かな表現・伝達の研究でも知られる筆者ならではの書き出しが、印象深い。東京・深川に生まれ、昭和20年3月の東京大空襲で多くの親戚や知人を亡くした自身が、幼少時から耳にした歌の記憶で、戦前から戦後の日本が歩んできた道を簡潔、かつ鮮やかに、再現して見せる。
 月刊誌連載をまとめた本書は、そんな「音の年代記(クロニクル)」を基礎に、各章ごとに、少しずつ連環しながら、歴史、国民国家とアイデンティティー、戦争の記憶、差別、言葉などを巡る国内外の多彩な事象を拾い上げ、論じる。うねるような筆者の思考の流れを、再現するように。
 オランダ、清朝、日本、蒋介石独裁など複雑な支配の歴史を背景に持つ台湾の多層的アイデンティティーと小国主義志向の評価。アジアを見下し、膨張主義につながり、結果、大日本帝国滅亡へつながった吉田松陰の「幽囚録」、福沢諭吉(とされる)「脱亜論」批判。
 自身のフィールドワークなどをもとにした、西欧の植民地化や近代化と共に、長く受けつがれてきた独自の文化や歴史が複雑にからみあうアフリカ社会の考察と差別への批判。毎年内外の多彩なメンバーと8月15日に続けてきた靖国神社、千鳥ケ淵戦没者墓苑、東京都慰霊堂を巡るフィールドワークを基礎にした戦没者や戦災被害者の慰霊や戦争責任、戦争の記憶を語り継ぐことへの議論。ナチにたいするドイツの姿勢との比較……。
 そしてこう結論づける。加害者、被害者、犠牲者、どれでもない者が、たやすく入れ替わる現代社会。その中で「西洋発の『国民国家』の一国民が、国家単位で単一の史観を共有すること」は不可能であるばかりか有害でさえある。日本でも、複眼的な史観が、探索されるべきであると。「音」へのこだわりは、為政者が書き残すイデオロギー色が濃い「正史」への嫌悪のあらわれなのか。提言はその通りだろう。簡単ではないが、それを考える種子は、本書にたくさん埋め込まれている。
 評・四ノ原恒憲(本社編集委員)
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 青土社・2520円/かわだ・じゅんぞう 34年生まれ。文化人類学者。『無文字社会の歴史』など。

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