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そうはいかない [著]佐野洋子

[評者]酒井順子(エッセイスト)

[掲載]2011年01月30日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■弱くて強い人間、いとおしむ

 佐野洋子さんの文章を読んでいるといつも、ページの奥から「人間」という文字が、じわじわと浮かび上がってくるように思うのです。「人間」の後に「だもの」はつかない。単なる「人間」。
 この本に収められているのは、物語のようであり、エッセーのようでもある掌編の数々。それは佐野さんの経験なのか想像なのか判然としないけれど、ファミレスや団体旅行、介護といった、読む者の日常生活のどこかにもありそうなシーンが切り取られています。
 しかしその読み応えは、単なる「そうそう」「わかるわかる」という共感を、はるかに越えるのでした。残酷さや醜さ、弱さといった負の部分を、誰しもが隠し持っているという事実。その中に少し交じっている、しぶとさと優しさ。すなわち人間そのものを、佐野さんは日常生活の一コマの中から「ほれ」と提示し、私たちは急所を押されたかのように、「うっ」とうなってうずくまる。
 提示の仕方は、決して露悪的ではないし、自慢げでもありません。真実そのものが、あまりにさりげなくすくい出されるものだから、読む側は必ず、うずくまった後に笑ってしまう。「笑わせてやろう」という意気込みすら無いからこそ、ますます上質なユーモアがそこには漂うのであり、これはもう天才にしかできない技。
 急所ばかりを提示され、読後はへとへとになるかと思いきや、そうではありません。精神の急所はツボでもあるのであり、短編の数だけツボを刺激されることによって、何やら昂揚(こうよう)感が湧いてくるではありませんか。
 人間のツボがはっきり見える大きな眼(め)を持っていた佐野さんは、昨年11月にこの世から旅立たれました。余命を知らされた後に書かれたエッセーにおいては、死に至る人間の中身と行動とを、カラリと世に晒(さら)しておられた佐野さん。弱くて強い人間というものを、そのまま見つめて、受け入れて、そしていとおしんできた方だったのだと思います。
 評・酒井順子(エッセイスト)
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 小学館・1575円/さの・ようこ 1938〜2010。絵本作家、エッセイスト。『シズコさん』など。

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