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「ハーフ・ザ・スカイ」書評 強制的売春という現代の奴隷制

評者: 久保文明 / 朝⽇新聞掲載:2011年01月30日
ハーフ・ザ・スカイ 彼女たちが世界の希望に変わるまで 著者:ニコラス・D.クリストフ 出版社:英治出版 ジャンル:社会・時事・政治・行政

ISBN: 9784862760869
発売⽇:
サイズ: 19cm/387p

ハーフ・ザ・スカイ [著]N・D・クリストフ、S・ウーダン/告発・現代の人身売買 [著]D・バットストーン

 現在、この世界に奴隷制は存在するのであろうか。二つの本によれば、躊躇(ちゅうちょ)なく「イエス」である。しばしばその中核的な問題は強制的な売春である。その数が多いのは、インド、パキスタン、イランなど。
 どちらの本の焦点も、合意のもとで行われる売春ではない。貧しい国の農村から親によって売られ、あるいは暴力組織によって騙(だま)され、または誘拐されて、売春組織に送り込まれ、そこで抵抗する気力を完全に失うまでに暴力と麻薬によって痛めつけられ、脱出することも物理的に封じられている、といった女性たちである。少なからぬ数の女性が実際に命も落とす。どちらの著者も、これは現代の奴隷制に他ならないと告発する。
 クリストフは日米の貿易摩擦が激しかった頃、日本に辛口の記事をよく書いたジャーナリストである。その後、彼は第三世界での様々な問題に焦点をあてるようになった。『ハーフ・ザ・スカイ』(空の半分は女性が支えているという中国の諺(ことわざ)からとった書名)はもっぱら第三世界の強制的な売春問題の深刻さを告発する。著者によれば、性産業で奴隷にされている人の数は世界で300万人に上る。
 バットストーンの方は大学に籍を置くが、むしろ活動家であり、Not For Sale(本書の原題=人間は売り物ではないの意味)キャンペーンの会長である。こちらは子供と売春以外の強制労働についても詳しく調査している。彼は世界で約3千万人が奴隷状態にあると断ずる。冒頭にクリントン国務長官の演説が引用されており、彼女は「人身売買という犯罪には地球上のすべての国がかかわっており、わが国も例外ではありません」と述べている。
 両者とも救出活動も実践しており、奴隷制との戦い方も示す。所々で紹介される実際に救われた事例がせめてもの救いである。アメリカ人が他国の人権状況の改善を訴えると、余計なお節介(せっかい)だ、傲慢(ごうまん)だといった反応を生みやすい。しかし、2冊の本はこれが人類共通の問題であることを大きな迫力をもって語りかけてくる。
 評・久保文明(東京大学教授・アメリカ政治)
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 『ハーフ〜』北村陽子訳、英治出版・1995円▽『告発〜』山岡万里子訳、朝日新聞出版・2625円