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クラゲに学ぶ―ノーベル賞への道 [著]下村脩

[評者]江上剛(作家)

[掲載]2011年01月30日

[ジャンル]教育 科学・生物 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■栄誉に導いた独創的で孤独な努力

 下村脩氏は、オワンクラゲから発光物質としてイクオリンというたんぱく質と緑色蛍光たんぱく質(GFP)を取り出した功績で、2008年にノーベル化学賞を受けた。特にGFPは生物学や生理学、医学の研究で不可欠な物質となっている。
 氏は、本書を「私の子どもたちのために数年前に書き始めた」と言う。そのためか、科学の素人である私にも抵抗なく読むことができる。自らの成長過程、留学中の出来事、85万匹ものオワンクラゲを採集したこと、米国で研究生活を続けることの困難さ、息子や娘のことなど、人生に起きた多くのことを細部まで見事なまでに客観的な文章で表現している。優れた学者ならではのことだと敬服する。それらは期せずして戦中、戦後を実直に生きてきた日本人の歴史とも重なり、深い感動となって迫ってくる。
 氏は、疎開先の長崎県で原爆にあい、放射能を含んだ黒い雨を浴びた。多くの人の無残な死という衝撃的な被爆体験によって氏は、ある種の諦観(ていかん)を覚え、「人生についての野心がなくなった」と言う。
 ところが、そのことが物事を冷静に正確に判断し、決断するという研究者に必須の資質形成にプラスになったというから、人生とは不思議なものだ。
 学徒動員で満足に学校にも行けなかった氏は、希望の学校に進むことができず、長崎医科大学付属薬学専門部(長崎大学薬学部)に入学する。他に選択肢がなかったからだが、そこで化学実験に興味を持ち始め、「天の指図」であるかのように、氏は化学者への歩みを加速し始める。3人の恩師との出会い、米国留学、ノーベル賞へ通じる研究テーマの選択など、「私の研究人生を顧みると、私が選んだ道は自分で探したのではない。私は師により示された道をたどっただけである」と氏は謙遜する。
 しかし、その道をたどるには、独創的かつ孤独な、並ならぬ努力の継続が必要だった。それに耐え抜いた者だけが栄誉に輝くことができることを、本書は私たちに教えてくれる。
 評・江上剛(作家)
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 長崎文献社・2520円/しもむら・おさむ 28年生まれ。06年度に朝日賞、08年にノーベル化学賞を受賞。

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