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村上隆「芸術闘争論」書評 マネジメントの文脈で語るアート

評者: 斎藤環 / 朝⽇新聞掲載:2011年01月30日
芸術闘争論 著者:村上 隆 出版社:幻冬舎 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784344019126
発売⽇:
サイズ: 20cm/292p

芸術闘争論 [著]村上隆

 村上隆。ゼロ年代の日本のアートシーンを牽引(けんいん)し、国際的にも最大級の成功をおさめたアーティスト。彼は「スーパーフラット」なるコンセプトのもと、日本のオタク文化を世界に向けて啓蒙(けいもう)した。彼の批判者も、もはや確固たるその存在感だけは認めざるを得ないだろう。
 彼の「闘争」は、なぜ成功したのか。前作『芸術起業論』に続き、本書でもそのノウハウが惜しげもなく公開されている。
 村上は美大教育における「自由神話」を否定する。自由な鑑賞、自由な創造、そんなお題目は欺瞞(ぎまん)でしかない。基礎を学ばずしていかなる自由もありえないとする村上が強調するのは、“現代美術というゲーム”のルールだ。
 「鑑賞編」で村上は、鑑賞の座標軸として(1)構図(2)圧力(3)コンテクスト(4)個性を挙げる。とりわけ重要なのはコンテクストだ。ピカソやデュシャン以降におけるコンテクスト≒美術界のルールを学ぶべきなのは、アートの理解を促すためばかりではない。そこで初めて鑑賞と実作をつなぐ回路が開かれるのだ。
 それにしても、本書の語り口はとことん“ベタ”だ。鑑賞、実作、デビューに至る方法論から、「世界のアートシーンへ日本人アーティストを一気に二〇〇人輩出させる」という彼の目標に至るまで。彼が所属する「カイカイキキ」の目的にしても、作品の権利管理とマーケットの開拓に照準されている。
 はじめ私は疑問だった。村上はアジテーターに徹するあまり、過度の単純化に陥ってはいないか。彼の「スーパーフラット」は、ハイコンテクストなキャラクター文化をローコンテクストなアートの領域内で全面展開しえたという点からも革命的な概念だったはずだ。単なる戦略で片付けられるはずがない。
 しかし、再読してようやくわかった。これは「マネジメント」の文脈でアート戦略を語るという、実に画期的な試みだったのである。アート、教育、マーケットという重層的なコンテクストが「串刺し」になった本書もまた、一つの村上作品として読まれるべきなのだろう。
 評・斎藤環(精神科医)
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 幻冬舎・1890円/むらかみ・たかし 62年生まれ。美術家。「カイカイキキ」主宰。『芸術起業論』など。