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機嫌のいい犬 [著]川上弘美

[評者]穂村弘(歌人)

[掲載]2011年01月16日

[ジャンル]文芸

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■川上弘美になる瞬間、味わえる句集

 小説家川上弘美の第一句集である。優れた言語表現者が他ジャンルに挑んだとき、どんな作品をつくるのだろう、と思って手に取ってみたら、とても面白かった。純粋に句集としてみても魅力的だが、彼女の小説の愛読者が読むと、一層興味深いと思う。何故(なぜ)なら、川上弘美が「川上弘美になる瞬間」をクローズアップで、何度も繰り返し味わうことができるからだ。
 例えば、こんな句がある。「常よりも右に臍(へそ)ある油照(あぶらでり)」、意表を衝(つ)かれる、と当時に、ああ、川上さんだな、と思う。とぼけているようで、妙に生々しくて、ちょっと怖くなるこの感触。自分の臍が五ミリとかだけ右にずれたら、果たして人は気づくだろうか。こんな些細(ささい)な一点から、日常と異次元の間をゆくような川上ワールドに誘い込まれるところだ、いつもなら。
 でも、今回はそうはならない。何故なら、これは俳句だから。代わりに「油照」のたった二文字で世界は閉じられる。逆にみると、「薄曇りで風がなく、じりじりと蒸し暑いこと」というこの季語を受ける形で作者の個性が発動しているとも云(い)える。
 他にも「白シャツになりすもも食ふすもも食ふ」「名づけても走り去りたるむじなかな」「あなたきらひですひよ鳴いてをります」等に、俳句と作者が互いの尾を銜(くわ)え合うような、スリリングなランデブーがみられる。
 だが、作者は決して俳句を呑(の)み込もうとしているわけではない。むしろ季語や切れ字や旧仮名遣いの新鮮さに積極的に身を委ねようとしているようだ。
 「めうが野に出(い)でてめうがを摘(つ)むばかり」は、茗荷(みょうが)が物忘れを誘うという俗説を踏まえた作だろうが、それ以上に「めうが」という仮名遣いそのものを楽しんでいる節がある。「きみみかんむいてくれしよすぢまでも」に到(いた)っては、「ぢ」の一文字が嬉(うれ)しくてこの句を作ったんじゃないか、と思えるほどだ。
 さらに「寒燈(かんとう)やおがくづに海老(えび)ゐて静か」「夏雲や蝋石(らふせき)をもて描(か)く聖母」「人なりにズボン脱がれし良夜(りやうや)かな」等からは、川上弘美が「川上弘美を忘れる瞬間」めいたものを感じた。
 評・穂村弘(歌人)
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 集英社・1575円/かわかみ・ひろみ 58年生まれ。作家。『真鶴』『どこから行っても遠い町』など。

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