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民宿雪国 [著]樋口毅宏

[評者]江上剛(作家)

[掲載]2011年01月16日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■「借り物の人生」の圧倒的な存在感

 「民宿雪国」、このタイトルから叙情的な小説をイメージすると、見事に裏切られてしまう。エンターテインメント小説なのにまるで実験小説のような構成、ストーリー展開に戸惑い、不安になりながらも読むのをやめることが出来ない。刺激度、満足度120%だ。
 本書は、丹生雄武郎(にうゆうぶろう)という画家の人生の謎を追求する内容。彼は、作品がルーブル美術館に購入されるほど世界に認められた巨匠だったにもかかわらず、新潟の寂しい港町の民宿の主人として97歳の生涯を閉じた。
 「芸といふものは実と虚との皮膜の間にあるもの也(なり)」とは近松門左衛門の言葉。だが、丹生は虚があまりにも大きいため、実をのみ込み、圧倒的な存在感で迫ってくる。それが、架空の画家とは信じられないリアリティーを生んでいる。
 最初の「吉良が来た後」とそれに続く2章は、いったい丹生とどんなかかわりがあるのだろうと思いながら読み進む。それぞれが見事なミステリーやホラーになっていて楽しめるのだが、買い占めで知られる横井英樹やオウム真理教の麻原彰晃らしき人物が登場するなど、読んでいて戸惑う。
 そして、いよいよ「借り物の人生」の章からが本番だ。第2章で登場した矢島というライターが、日記やインタビューを通して丹生の人生の虚を暴いていく。最初の3章までは巧みな伏線だったのだと気づき、がぜん面白くなってくる。
 丹生の出生には、ある秘密があった。それが彼の生涯を謎多きものにしたのだ。ニューギニア、シベリアと戦争に翻弄(ほんろう)されたという丹生の人生は、かなしいほどうそに彩られている。彼を世に出した詐欺師的美術商が「小さなウソをつくからバレるんや。大きなウソなら大衆は喜んで騙(だま)されたがる」と言うが、その言葉通りの人生だ。
 そのあまりにも借り物の人生に背筋が寒くなるが、読み進むうちに、それは私たち日本人の戦後そのもののように思えてきて、空恐ろしくなる。そのことに気付かせることが著者の意図だったのではないだろうか。
 評・江上剛(作家)
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 祥伝社・1470円/ひぐち・たけひろ 71年生まれ。09年に『さらば雑司ケ谷』で作家デビュー。

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