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梅原龍三郎とルノワール [編著]嶋田華子

[評者]横尾忠則(美術家)

[掲載]2011年01月09日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■巨匠の全存在を肉体に刻む幸運

 雲の上の巨匠といえども、当たって砕ければ意外と会ってくれるものなんだ。ぼくの場合のダリのように。梅原龍三郎はそうして自らの手でルノワールの門戸を開いたのである。
 パリのリュクサンブール美術館でルノワールの実作を目にした20歳の梅原は、翌年カーニュ・シュール・メールの老ルノワールを訪ねた。この時の梅原の会見記を読んで小林秀雄は「全く文学臭の希薄な文」と評したが、その無垢(むく)な心が如何(いか)に高揚し、至福を得たかという気持ちはじんわりと小林の胸にしみるように伝わったに違いない。
 この日以来、梅原はルノワールを師と仰ぎ、自らのキャンバスに師の芸術を移植すべく換骨奪胎を図るのである。このような幸運は人生の中でもめったに起こるものではない。それは彼の意志によるものか運命の作用によるものか、彼の後の人生が解答を出すことになる。
 梅原はルノワールの誘いで写生旅行に同行し、巨匠の制作の現場に立ち会う。画家にとっては夢のような話である。キャンバスの上を走る筆の動きを目撃することは、ルノワールの如何なる箴言(しんげん)よりも尊い。この瞬間に梅原はルノワールの全存在を彼の肉体の肉の一片にまで刻みつけたことであろう。
 5年間のパリ留学を終え、帰国した梅原が断腸の想(おも)いで迎えるのは師の死であった。すでに梅原はルノワールの影響下から脱却を図っていた時期で、内なるルノワール様式は滅却されていた。帰国した当時の梅原にはまだルノワールとの親和性が断ち切れていなかったが、その後の変容は東洋美術の導入やフォービズム、その他の様式を駆使しながら梅原独自の世界観を構築していく。
 本書の装丁にはルノワールの「パリスの審判」とそれを引用した梅原の同題の作品がジャクスタポジション(並置)されているが、この梅原のコケティッシュな手法はマチスと棟方志功を合体させたような無邪気な、梅原の演劇趣味を匂(にお)わせるオペレッタ風の作品に仕上がっている。これを見るルノワールがどんな顔をするか見たいものだ。
 評・横尾忠則(美術家)
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 中央公論美術出版・1995円/しまだ・はなこ 梅原龍三郎の曽孫。資料整理や展覧会企画などを行う。

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