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昔日の客 [著]関口良雄

[評者]四ノ原恒憲(朝日新聞記者)

[掲載]2011年01月09日

[ジャンル]社会

表紙画像

■そんな古書店もあったんだ

 深夜に読了。感慨というべきか、闇の中で、この本が描く、恐らく今では取り戻せないだろう世界に思いが広がり、しばし眠れなかった。
 30歳をすぎた昭和28年、馬込文士村に近い東京都大田区に古書店を開き、多くの作家、学者らに愛された筆者による随筆集の復刊。登場する文士が渋い。尾崎一雄、上林暁、正宗白鳥……。彼らの文学を深く尊敬するため、売るのではなく資料作りにと、自費で全著作を買い集める。そんな人柄からか、双方の立場をいつしか越えてゆく心の触れ合いは、何とも温かい。
 著名人だけではない。店をたびたび訪れる無数の市井の人々。店の近くに住んでいた無名時代の野呂邦暢が、欲しかった本を値引きしてくれた記憶が忘れられず、芥川賞の授賞式に突然招待したという表題作は、麗しい。多くの客の言動は、どこか奇妙で哀(かな)しいが、どんな理由であれ、本が好きだ、という心情を知る故か、描かれる姿はとても愛(いと)おしい。
 すべては30年以上前の物語。そんな時代もあったんだ。電子図書で騒がしい年頭、「本」の意味をまた考える。
  ◇
夏葉社・2310円

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