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チーズの歴史―5000年の味わい豊かな物語 [著]アンドリュー・ドルビー

[評者]楊逸(作家)

[掲載]2011年08月07日

[ジャンル]歴史 人文

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■ヨーロッパ文化を凝縮した味

 良いチーズとは、〈アルゴスでなくヘレネでなくマグダラのマリアでなく、ラザロとマルティヌスが教皇に口答えをする〉という「六つの特質」を備えていなければならない。これは「(トロイの)ヘレネのように白くなく、マグダラのマリアのように涙にくれず、(百眼の)アルゴスと違って眼(め)がなく、雄牛のように重くて(太った一二世紀の法学者マルティノ・ゴシアが教皇に抵抗したように)親指で押してもへこまず、(ラザロの腫れもののように)汚い皮で覆われてる」ことを意味するらしい。
 ヨーロッパ文化がぎっしりと詰められた、この「濃厚」なフレーズに、頭を下げつつも、ちょっと大げさな気もした。しかしチーズの歴史は、紀元前3千年までに遡(さかのぼ)るというから、キリスト教のそれよりも長いことになる。
 動物の家畜化によって保存可能乳製品——チーズが生まれた。50から100にも上るその種類の多さは、原料となる牛、羊、山羊(やぎ)のミルクの違いと、北アフリカからユーラシア大陸までにわたる産地の、放牧場として異なる地理環境ないし水、牧草によるものだという。
 来日するまで、チーズを見たことすらなかった私は、中国の食品史においてもチーズが存在したことに驚かされた。しかも今なお「イギリスとほぼ同量のチーズを毎年製造し」、雲南省に山羊乳チーズという名産まであるという。
 たかだかチーズに、こんなに奥深く味わい深いものかと改めて思い知らされた。読み始めて間もなく、チーズを探しにスーパー巡りも始めた。本にあるチーズの名や写真を頼りに、輸入ものを買っては食し、また読んでは買う、ということに明け暮れる。
 いつかこの一冊を手にヨーロッパへ出かけ、牧草を追う山羊のように、チーズの「足跡」を辿(たど)りたいと、読み終わった今もしばしばそんな衝動にかられる。
    ◇
 久村典子訳、ブルース・インターアクションズ・1680円/Andrew Dalby フランスの言語学者・歴史家。

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