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東京難民 [著]福澤徹三

[評者]穂村弘(歌人)

[掲載]2011年08月07日

[ジャンル]文芸

表紙画像


■転落する若者、抜けぬふわふわ感

 普通の生活を送っていた平凡な主人公が、ちょっとしたきっかけで、人生のどん底まで転がり落ちてゆく。そんな物語を読むのが好きだ。些細(ささい)な判断ミスや妙な見栄(みえ)や小さな嘘(うそ)が絡まり合って、もがけばもがくほど蟻地獄(ありじごく)に嵌(はま)ってゆく。読者である私は安全で快適な部屋の中でその姿を眺めながら、ああ、自分じゃなくてよかった、と思うのだ。
 だが、本書は怖(おそ)ろしかった。主人公の若者の心の弱さや社会的な知識の無さやその場凌(しの)ぎの行動パターンが、自分と重なってくる。もう若くない私もこんな時はこの通りにするだろう。だが、その全てが裏目に出て、彼はぼろぼろになってゆく。という事は、私が今こうやって生きていられるのは単なる幸運に過ぎないのだ。急に不安になって、妻にマッサージをしたり、仕事関係者へのメールが丁寧になったりする。でも、続かない。
 今度こそ、という主人公の決意も続かない。どんなに酷(ひど)い目に遭ってもその心はなまくらなまま。心を入れ替えるというのは簡単だが、いくら真剣に決意しても人間の心は一度に1%くらいしか、入れ替えられないらしい。とすると、泣きっ面を百匹の蜂に刺されないと、心の全てを入れ替える事はできないのだ。
 本書には「百匹の蜂」が丁寧に描かれている。テレアポ、チラシ配り、ティッシュ配り、治験のバイト、ホスト、日雇いの作業員、雑誌拾い、ネットカフェ暮らし、借金、友情、恋愛。家もお金も失った主人公は、様々な生の現場において何とか状況を立て直そうと必死に頑張る。でも結果は連戦連敗。何ひとつちゃんとやり遂げることができない。
 どんなにぎりぎりの局面でも、主人公の、そして私の心からは、ふわふわ感が抜けない。戦後の日本で普通に生まれ育った私たちには、本気で腹を括(くく)って生きるという、それだけの事が難しい。何故(なぜ)なのか。物語の最後に至って、その理由がみえてくる。
    ◇
 光文社・2205円/ふくざわ・てつぞう 62年生まれ。『すじぼり』で大藪春彦賞。『再生ボタン』『怪談熱』など。

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