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コンニャク屋漂流記 [著]星野博美

[評者]松永美穂(早稲田大学教授・ドイツ文学)

[掲載]2011年08月28日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■屋号の由来は? ルーツを探る

 ルーツ探しが新たなブームを迎えているようだ。テレビではNHKの「ファミリーヒストリー」が芸能人の知られざるルーツを紹介しているし、今年の春にはやはりノンフィクション作家が自らのルーツを探る高橋秀実著『ご先祖様はどちら様』(新潮社)が出たばかり。ルーツ探しというのは、一番身近で取り組み甲斐(がい)のある「ミステリー」なのかもしれない。
 本書は、外房の漁師でありながら「コンニャク屋」という変わった屋号を持つ祖父の実家のルーツについて、祖父が残した手記や親戚の人たちの話を手がかりに、著者が時間をかけて調べ、まとめあげた本である。日本の経済成長を下から支えてきた庶民代表のような、人望が厚く働き者の祖父と、底抜けに明るくて情の深い「コンニャク屋」一族。自分のなかに漁・農・工の血が混じっていることを自覚する著者は、自分の家に残る漁師的なカルチャーを分析したり、祖父や父が経営した町工場を遊び場に育った思い出を語ったり、祖父が住んでいた五反田という土地を歴史的に振り返ったりする。この辺の記述もなかなか面白い。
 祖父の出身地「岩和田」では度重なる津波や火災の被害で寺の過去帳などが失われており、ルーツの検証は容易ではない。しかし、墓石に刻まれたある名前から、18世紀の実在の人々とのつながりが見えてくる。その名前と「先祖は紀州から来た」という伝承をヒントに著者が和歌山に飛び、漁民の末裔(まつえい)とおぼしき人々に会う話はスリリングだ。
 漁師だけでは生きられず、おでんも商っていたというのが屋号の由来だが、コンニャクは漁師にとって食べやすい手軽なスナックだった、という推論はなるほどとうならせる。祖父の生きた時代と土地に光を当て、祖先の記憶を活字にとどめようとする本書には、ユーモアと家族への愛が溢(あふ)れていて、読むほどに温かい気持ちになった。
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 文芸春秋・2100円/ほしの・ひろみ 66年生まれ。写真家、作家。『転がる香港に苔(こけ)は生えない』『華南体感』など。

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