書評・最新書評

不可能 [著]松浦寿輝

[評者]奥泉光(作家)

[掲載]2011年08月28日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■三島由紀夫がもし生き延びたら

 一九七〇年、自衛隊市ケ谷駐屯地で割腹した三島由紀夫がもし死なずに生き延びてたら。というのが本作の主軸となるアイデアである。主人公の平岡(三島の本名)は二七年の服役を経て出所し、八〇歳を過ぎて東京の西郊に隠棲(いんせい)している。との設定からはじめるならば、三島の遺した言葉をはじめ三島につき語られた数多くの言説を先行テクストとする一篇(ぺん)が当然生み出されるわけで、老いることを憎み怖(おそ)れたといわれる作家の老人となった姿を想像裡(そうぞうり)に描くことは、「三島由紀夫」への批評を作動させずにはおかず、そこに著者の狙いの一つはあるだろう。しかし本作を何より精彩あるものにしているのは、ミステリの結構である。
 老齢の平岡は、生への嫌悪や倦怠(けんたい)などはとっくに通り越し、恬淡(てんたん)超俗の境地にあるかに見えて、好奇心や酔狂を失っていないのが嬉(うれ)しい。平岡は謎めいた青年の手を借り不思議な事物や人間を身辺に引き寄せる。地下室に置かれた等身大の石膏(せっこう)像。一二人の匿名メンバーからなる秘密クラブ。宙空に浮かぶ棺ともいうべき「入口(いりぐち)のない」塔……とこう次々探偵小説好きの心の琴線に触れるお膳立てに登場されては、何事か起こらぬわけにはいくまいと思っていると、これまた嬉しいことに本当に不可能犯罪が起こるのだ! しかも事件には合理的解決が与えられて、つまり本作は本格ミステリなのである。
 三島由紀夫はミステリには否定的な見解を抱いていたという。その「三島由紀夫」を描く小説がミステリの形をとることには強いアイロニーがある。市ケ谷で斬り落(おと)された三島の「現実」の首と小説に登場する「虚構」の首。両者を並べて本作のいくぶん毒を含んだアイロニーの光線で照らしてみるとき、虚構と現実の織りなす迷路の姿が読者の前に浮かび上がるだろう。その錯綜(さくそう)した迷路に踏み入ることこそ、小説を書き、また読むことに違いない。
    ◇
 講談社・1890円/まつうら・ひさき 54年生まれ。詩人・小説家。「花腐(くた)し」で芥川賞。著書に『幽』など。

関連記事

ページトップへ戻る