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新藤兼人伝 [著]小野民樹/新藤兼人 私の十本 [著]立花珠樹

[評者]後藤正治(ノンフィクション作家)

[掲載]2011年09月04日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■1世紀に及ぶ私史、作品に色濃く投影

 この夏、99歳を数える映画監督新藤兼人の最後の作品「一枚のハガキ」が公開された。『新藤兼人伝』は、白寿にしてなお現役にある監督の評伝であるが、同時に、時代ごとの、映画制作の現場を生き生きと伝える日本映画史ともなっている。
 新藤は広島の人。生家が没落し、少年期、一家離散の辛酸をなめる。一本の映画に導かれ、京都にあった新興キネマの現像部に潜り込み、やがてシナリオ書きの才が認められて映画界の階段を上っていく。同世代の黒澤明らとは異なり、まったくのたたき上げであり、目線の低さは一貫している。
 評者の記憶する新藤作品は、モスクワ映画祭グランプリを受賞した「裸の島」であるが、前後おびただしい量のシナリオを書いている。時代劇、家庭劇、喜劇、原爆、反戦、犯罪、性……屈指の「シナリオ職人」であった。
 「社会派」「人生派」「リアリスト」。レッテルはさまざまあるが、特筆すべきは、常にその時々の「いま」と向き合う人であったことだろう。時代風潮に影響を受けつつ、イデオロギーには染まらない。芸術至上主義にも商業主義にも陥らない。それでいて独立プロを維持していくタフな映画人だった。それが国内最高齢監督の道を切り開いたものであろう。
 著者は長く出版編集にたずさわった人。岩波書店に入社して間もなく、溝口健二の評伝を依頼したのが新藤との出会いで、付き合いは三十数年に及ぶとある。関係者の証言はもとより、古い映画フィルムやシナリオを発掘し、日本映画の現場をたどるなかで老映画人の人生を描いている。行間に、日本映画への愛情がにじみ出ている。作る、見る、の相違はあるが、映画に魅入られ続けた“2人組”の奏でる二重奏の感もある。
 『新藤兼人 私の十本』は、代表的作品をめぐる新藤へのインタビューを軸に構成されている。
 「裸の島」の舞台は瀬戸内の小島。小船で水を運び、ひたすら段々畑に水をかける一家を描く無言劇である。新藤は家を抵当に入れて映画を完成させたものの、買い手はつかない。誤解され、わずかにヌードを専門とする配給会社から引き合いがあったとか。
 「一枚のハガキ」は、戦争期、くじ運で生き残った体験が下地となっている。敗戦の前年、丙種合格の100人が“掃除部隊”として集められた。やがて60人はフィリピンへ、30人は潜水艦へ、4人は海防艦へと配置換えとなったが全員生きて戻ることはなかった。戦死した1人が持っていた一枚のはがきが映画化の基点となっている。1世紀に及ぶ「私史」が、この映画監督の作品に色濃く投影していたことを改めて知る。
    ◇
 『新藤兼人伝―未完の日本映画史』白水社・2940円/おの・たみき 47年生まれ。著書に『60年代が僕たちをつくった』『撮影監督』△『新藤兼人 私の十本 老いても転がる石のように』共同通信社・1680円/たちばな・たまき 49年生まれ。共同通信社編集委員。著書に『「あのころ」の日本映画がみたい!』など。



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