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人間と国家 上・下―ある政治学徒の回想 [著]坂本義和

[評者]中島岳志(北海道大学准教授・南アジア地域研究、政治思想史)

[掲載]2011年09月04日

[ジャンル]政治 ノンフィクション・評伝 新書 国際

表紙画像

■青年期の苦悩、今も抱きしめる

 戦後日本の国際政治学を牽引(けんいん)してきた著者の自伝的回想。
 坂本氏の父は、上海(シャンハイ)の東亜同文書院の一期生。米国留学を経て母校に戻り、教鞭(きょうべん)をとった。父は上海の邦人社会で孤立を恐れず、中国人と親しく付き合った。坂本氏の名前は、「義和団」になぞらえてつけられた。父は、中国民衆への愛着と日本軍部に対する嫌悪感を同時に抱いていた。
 上海で育った坂本氏は、幼少期に病院で命を落とす負傷兵を目の当たりにした。彼らは死に際に「天皇陛下万歳」とは言わなかった。坂本氏は「国家権力の脱神話化」を体験する。日本に帰国後、戦中に旧制一高入学。閉塞(へいそく)的な時代の中、煩悶(はんもん)を繰り返した。
 終戦後、彼は丸山真男の特別講義を受け、心を動かされる。「今どう生きるか」という問いに苦しんでいた坂本氏にとって、内面的な問題意識と社会科学的分析を不可分のものとする丸山の政治学は輝いていた。彼は、丸山に惹(ひ)かれ東大法学部に進学する。
 坂本氏はマルクス主義に接近しつつ、距離をとった。逆に助手時代には近代保守思想の祖エドマンド・バークを研究。「革命の思想」を知るためには「反革命」思想を知る必要があると考えたためだ。
 東大助教授に採用されると米国に渡り、モーゲンソウと出会う。帰国後、「世界」に「中立日本の防衛構想」を寄稿、リベラルな国際政治学者として頭角を現す。一方で、年少で京大法学部の高坂正堯は、「中央公論」に「現実主義者の平和論」を書き、坂本氏との対立軸を提示した。坂本氏が高坂をどう見ていたのかも本書には記されている。
 坂本氏の学問は、常に「人間」の喜びや悲しみを土台に展開される。それは自己の青年期の苦悩と問いを、今でも抱きしめているからだろう。21世紀の人間が克服すべきは、不当な権力や格差の構造だけでなく「他者への無関心」であるとの指摘は重い。
    ◇
 岩波新書・各840円/さかもと・よしかず 27年生まれ。国際政治学者。『相対化の時代』など。



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