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ナポレオンのエジプト 東方遠征に同行した科学者たちが遺(のこ)したもの [著]ニナ・バーリー

[評者]荒俣宏(作家)

[掲載]2011年09月04日

[ジャンル]科学・生物 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■幻滅の砂漠地帯で置き去りに

 ナポレオン東方遠征の成果をまとめた『エジプト誌』は出版史上の偉業だが、一方同じ時期に、この遠征隊を海上封鎖したイギリスでも、ナポレオン探検団のバカげた行動を揶揄(やゆ)するジェイムズ・ギルレイの辛辣(しんらつ)な漫画が多数出版された。なぜならネルソン率いるイギリス艦隊は、敵側から出る公文書や内密な私信を傍受し、それを逆宣伝のネタに活用したからだった。
 本書は、戦争と学術の両面を持つこの遠征に参加した科学者たちの体験を、ギルレイの風刺漫画以上に人間臭く描きだす。目的も行き先も明かされず夢だけ吹き込まれた若い学者が、古代最高の文化都市アレクサンドリアに到着してみれば、有名な図書館や灯台など「古代の驚異」は影も形もない。おまけに船団はイギリス艦隊に攻撃されて壊滅し、エジプトで孤立してしまう。ひどいのはナポレオンで、ごく親密な3人の学者を除き全員をエジプトに置き去って故国へ脱出してしまうのだ。それでも若い学者たちは敵のまっただ中で毎日調査や討論をつづけ、約4年間飢餓と疫病の荒れ狂う過酷な砂漠地帯で頑張りぬいた。
 成果の中でもっとも有名なのは「ロゼッタストーン」の発見だろう。碑文はすぐさま銅版画にして本国へ送られたが、これがパリに届いた最後の通信となった。しかし、古物収集の大家でナポリ駐在の外交官ウィリアム・ハミルトンに目を付けられ、降伏の際に待ってましたとばかりイギリスに押収されてしまう。
 若い学者たち個々の冒険も非常に興味深い。たとえば地図制作にあたったジョマールはカイロ市内の迷路の中を測量して回り、卑猥(ひわい)極まる踊りを演じるベリーダンサー、奇術師、神秘主義者、ヘビ使いなど奇人の群れに出会い、犬小屋だと思っていた高さ4フィート(約1・2メートル)の小屋がじつは庶民の住居だったことに仰天する。最後まで本を擱(お)けない快著だ。
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 竹内和世訳、白揚社・2940円/Nina Burleigh ジャーナリスト。米コロンビア大非常勤教授。



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