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隠れていた宇宙 上・下 [著]ブライアン・グリーン

[評者]山形浩生(評論家)

[掲載]2011年09月11日

[ジャンル]科学・生物

表紙画像

■別世界夢想する、先端物理の理論
 あのとき別の選択をしていれば——人生は常に後悔に満ち、人は常にあり得たかもしれない別の世界を夢想する。そして星の彼方(かなた)や次元のひだの向こうに、その別世界が実在してほしいと願う。無数の小説や映画のテーマとなったそんな夢が、本書の第一のテーマだ。
 本書の描く最先端の物理学モデルによれば、無限の変奏を繰り広げる無限の宇宙がある——それも九通り。が、そこにでかけることはおろか、その様子を見ることも通信もできない。モデルが「ある」と言うだけだ。さて、それは本当に「ある」のか? それが本書第二のテーマとなる。
 著者グリーンは現役物理学者で名科学ライター。これまで超ひも理論や時空論の発展を活写する無謀な試みを成功させてきたが、本書でも常識はずれの先端物理理論を、比喩に比喩をかさねて描き出す手腕は健在だ。現代物理学の様々な側面が、様々な多元宇宙論を軸に目前をかけめぐる。光速の壁の彼方にある別の宇宙、量子の干渉縞(しま)にかいま見える別宇宙、おぼろな情報の投影としての宇宙……。そうしたイメージには想像をかきたてられる。だが、いずれもあくまで理論的可能性だし、観測も通信も無理。ならそれを、あるとかないとか論じることに意味はあるのか? 観測できないものは物理学の対象ではないのでは?
 著者は、下巻の半分をこの議論に充てる。モデルを信じよ、理論様があると言えばあるのだ、と言って。ぼくは納得できなかったけれど、これまた「存在」とは何か、というえらく哲学的な思索にぼくたちを導いてくれる。それが先端物理の奇妙な世界観と混ざって、頭の次元が三つくらいよじれそうな、不思議な感覚が味わえること必定。邦訳は原著の読みやすさをうまく再現しており、監修者のグチ以外は見事にその読書体験を支えてくれる。
 なお今年はこの手の本の当たり年。本書の分厚さに尻込みする向きは、村山斉『宇宙は本当にひとつなのか』(講談社)が類似の内容を新書に押し込めて驚異的。また「観測できなくても、ある」という本書に対し「観測できても、観測しなければ、ない」という異様な話に、素粒子の自由意志という異常な理論を紹介した筒井泉『量子力学の反常識と素粒子の自由意志』(岩波書店)も、さらなる頭のよじれを楽しみたい方は是非。
 中秋の名月も間近だ。本書を読んで、月空を見上げ、あるかもわからない並行宇宙の自分にも思いをはせよう。向こうの自分は幸せだろうか? その思いが届くことはないのだけれど——でも手をふれば、案外量子もつれか何かで、くしゃみくらいはしてくれるかもしれないよ。
    ◇
 竹内薫監修・大田直子訳、早川書房・各1995円/Brian Greene 63年生まれ。コロンビア大学教授。著書に『宇宙を織りなすもの』『エレガントな宇宙』(いずれも草思社)など。



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