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猫の本棚 [著]木村衣有子 

[評者]田中貴子(甲南大学教授)

[掲載]2011年09月11日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■「猫」文学を通して見る人間たち
 たとえば、猫の前で小さなねずみのおもちゃを振ってみせる。猫は目を輝かせてじゃれついてくる。でも、と思う。生まれてから一度も本物のねずみを見たことのない彼は、果たしてこれを「ねずみ」と判(わか)っているのだろうか。それとも、ただ動くものへの本能的な反応なのだろうか。
 こんな私と猫との風景を、注意深く、興味深く見ている目がある。それが、本書の著者の目だ。多々ある「猫文学」案内とはちょっと違う木村さんのスタンスとは、描かれた猫そのものの魅力というよりも、猫を通して見えてくる人間たちをとらえようとするものなのだ。
 ここには、夏目漱石の「猫」や内田百けんの『ノラや』といった猫文学として名だたる名作をはじめ、武田百合子の『富士日記』や町田康の『猫にかまけて』など、猫好き本好きならおそらく一度は手にしたことのある作品が取り上げられている。本のおしゃれな外見に惑わされて、可愛かったりきまぐれだったりする猫の姿が紹介されているのだろう、と安心してはいけない。頁(ページ)をめくると、そっけないほどの簡素な文体と、一編一編の短さにやや驚きを感じるだろう。べたついた甘さや過剰な感性の押しつけがないのだ。
 読みどころの一つは、対象とした作品からの引用の多さと鋭さである。笙野頼子の『愛別外猫雑記』から、木村さんはこんな箇所を引く。〈「可愛い」とは消費し、痴漢のように触り、飽きると捨てる、次々取り替えるという事に過ぎないのか〉。作品からどこを切り出すかということは、木村さんがどう解釈したかを示す行為だ。引用を以(もっ)て作品の魅力を語らせるセンスに舌を巻く。
 猫とはその周囲の人間を映し出す鏡のような存在であり、人間の関係の網を媒介する存在であると痛感した。猫は、人を描くために文学が「発見」した希有(けう)な生物だったのかもしれない。
    ◇
 平凡社・1470円/きむら・ゆうこ 75年生まれ。随筆家。著書に『大阪のぞき』『味見はるあき』など。



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