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情報時代のオウム真理教 [責任編集]井上順孝

[評者]中島岳志(北海道大学准教授・南アジア地域研究、政治思想史)

[掲載]2011年09月18日

[ジャンル]人文 社会

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■一次資料をもとに忘却から拾い出す

 私たちは「オウム真理教」を忘れている。正確にいえば、無意識のうちに忘れたがっている。その証拠に、麻原彰晃の裁判がどういうプロセスを経て現在に至っているか、多くの人は知らない。関心はとっくの昔に薄れている。
 そもそもオウム真理教がなぜ地下鉄サリン事件を起こしたのか、その原因を世の中は共有しているのだろうか。
 もちろん凶悪事件の原因を、完全な形で特定することはできない。しかし、私たちはその前段階で、思考することを放棄している。事件が起こった1995年にはあれほど大騒ぎしたにもかかわらず、熱狂がさめると一気に無関心と忘却が広がった。残されたのは不透明感と不安。そして過剰なセキュリティー社会だ。
 私たちは、やはりオウム真理教といま一度、向き合う必要がある。あの事件はなぜ起きたのか。教祖と信者の関係はいかなるものだったのか。オウム真理教が説いた教義とは何だったのか。メディアの対応に問題はなかったのか。そして、なぜ当時の若者の一部がオウム真理教に惹(ひ)かれたのか。
 本書はオウム真理教に関する膨大な一次資料を収集し、複数の研究者で分析した研究書だ。宗教情報リサーチセンターが資料を整理し、デジタル化した。
 布教・入門用ビデオ、アニメーション、修行用ビデオ、ラジオ放送、説法テープ、音楽、書籍、雑誌、教本……。多岐にわたる資料の分析を通じて、オウム真理教を多角的に論じる。またメディアが教祖・教団をどのように表象してきたかを検討。さらに教団の多様な活動と歩みを明らかにする。
 その時のキーワードは「ソト」と「ウチ」。残された資料が示すのは、「ソト」向けの「布教」と「ウチ」向けの「教化」では、内容が異なるということである。
 興味深いのは「オウム音楽」の分析。麻原の名前を連呼する「尊師マーチ」に代表される「ソトの曲」は、教義の内容には踏み込まない。しかし、「ウチの曲」ではオウム特有の「専門用語」が頻出し、外部の人間では理解不可能の歌詞が多くなる。さらに「ウチの曲」の中でも外部と接触する場では使用されない教団内部限定の「ウラの曲」が存在する。ここでは「ポア」や「戦え」といった暴力を推奨する用語が登場し、麻原への忠誠が歌われる。
 映画監督・森達也の映像作品『A』『A2』をめぐる賛否にも、1章が割かれている。昨年、森が新たに出版した『A3』と共に、本書をひもとくことでオウム真理教を忘却の淵(ふち)から拾い出す必要があるだろう。私たちの今を見つめなおすためにも、簡単に忘れていい事件ではない。
    ◇
 宗教情報リサーチセンター編、春秋社・3780円/いのうえ・のぶたか 48年生まれ。国学院大学教授。『人はなぜ新宗教に魅かれるのか?』『神道入門』など。

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