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近代日本の中国認識―徳川期儒学から東亜協同体論まで [著]松本三之介

[評者]柄谷行人(哲学者)

[掲載]2011年09月18日

[ジャンル]人文

表紙画像

■日清戦争が分岐点、的確に通観

 本書は、徳川時代から日中戦争にいたるまでの日本人の中国認識を的確に通観した好著である。日本人の中国への評価が極端に変わるのは、日清戦争後である。それまで抱いていた敬意、あるいは両義的な見方が消えてしまった。日本人は西洋列強に伍(ご)して、中国を見下すようになった。もちろん、中国やアジア諸国と連帯して西洋列強と対決しようとする考えも強くあったが、「東亜協同体論」がそうであるように、あくまで日本を「盟主」とするものであった。
 ただ、この時期に関してはよく論じられてきた。あまり論じられないのは、清国がアヘン戦争でイギリスに敗れてから(1842年)日清戦争(1894年)にいたるまでの時期である。それは中国がまだ超大国として存在していた時代である。本書で私が特に興味を覚えたのは、この時代である。なぜなら、それはある意味で現在に類似するからだ。
 アヘン戦争後、日本人は中国の「中華」思想に対して批判的になるが、他方で、堯舜孔子によって開かれた「道」に対する敬意を失わなかった。その一例は、「東洋道徳、西洋芸術」を唱えた佐久間象山である。そのような流れの中で、特筆すべきなのは、「東洋のルソー」と呼ばれた中江兆民である。彼はルソーの「社会契約論」を翻訳紹介したが、その根底に儒教の道徳をおいたのである。
 重要なのは、アヘン戦争以後、清国がその反省から、軍事面における近代化を急激に推進したことである。それとともに周辺諸国への政治的影響力を強めた。それが日本にとって脅威となった。日清戦争後には忘れられたが、それまでの日本は中国の軍事力を非常に恐れたのである。新聞「日本」を創刊した陸羯南は、安直な西洋化に溺れた日本に比べて、清国が自国伝統の文化を保持し、西洋化を軍事力強化のためだけに集中したことを称賛した。
    ◇
 以文社・3675円/まつもと・さんのすけ 26年生まれ。東京大学名誉教授(政治思想史)。『明治精神の構造』など。

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