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アート・スピリット [著]ロバート・ヘンライ

[評者]横尾忠則(美術家)

[掲載]2011年09月18日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能

表紙画像

■人生と芸術の奥義明かす講義録

 以前この欄でサルバドール・ダリの偏執狂的絵画指南書を紹介したことがあるが、本書はエドワード・ホッパー、マン・レイ、スチュアート・デイヴィス、ノーマン・ロックウェルらアメリカの巨匠を愛弟子(まなでし)とした画家ロバート・ヘンライの、80年の長きにわたって読まれた芸術と人生の奥義を明かす美術講義録だ。
 だがマン・レイはヘンライの絵を評価しなかったし、ロックウェルなどは著者の語る「アートの圧力」に怖(おじ)けづいて逃げてしまう。「アートの圧力」とは一口に言うと美術のための美術ではなく、画家の人格丸ごと芸術という名の悪魔に魂を捧げるぐらいの覚悟があって初めて天才になり得るので画家を目指す者はのっけから「巨匠でなければならない」とヘンライ先生はアジる。さらに画家の眼(め)は真実を見抜く心眼がなくては芸術と人生の一体化は無理だと。何でも試す勇気と冒険、好きな絵の模写を通して技法を磨き、その上肩の力を抜いて唇に歌を忘れず、自己の魂に忠実に全身全霊を捧げて絵画の謎に挑む。そして自己を知るためには豊かな感情と知性のバランスも必要である。
 さらに大事なことは国家、民族、時代、社会、家族からも自己を切り離す。つまり個我に縛られない普遍的な存在を目指して初めて「偉大な芸術家」といえ、世間のルールや常識を断ち切って自由な存在にならなければならないと耳にタコができるほど、彼の教義はマントラのように反復される。なぜなら良質の作品は記憶が産むからだ。
 本書を読んだキース・ヘリングやデイヴィッド・リンチも「アート・スピリット」を座右の書として重宝した。技法的にはかなりアカデミックだが、現代美術家はさて、どう見るか。この本のもうひとつの魅力は巻末の滝本誠氏によるヘンライの小伝で彼の少ない貴重な資料として、本文に負けず劣らず読みごたえがあった。
    ◇
 野中邦子訳、国書刊行会・2625円/Robert Henri 1865〜1929。米国の画家・教師。原書は23年刊。



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