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〈私〉だけの神―平和と暴力のはざまにある宗教 [著]ウルリッヒ・ベック

[評者]松永美穂(早稲田大学教授・ドイツ文学)

[掲載]2011年09月25日

[ジャンル]人文 社会

表紙画像

■異なる信仰、いかに共存するか

 世界を震撼(しんかん)させた同時多発テロから十年。世界は一向に平和になったように見えない。つい最近も、右翼思想の青年がノルウェーでテロ事件を起こしたばかりだ。グローバル化の進む社会のなかで、価値観の異なる者同士がどのように共存していくべきかが切実な問題になっている。
 「個人化」「リスク社会」というキーワードで知られるドイツの社会学者ベックは本書において、宗教が国境を超えて平和を生み出す力を持つ一方で、信仰者と不信仰者を区別し、不和と暴力の原因を作ってしまう可能性も指摘して、さまざまな角度からの現状分析を行いながら、「個人化」する宗教の、平和創出の可能性を探っている。
 ドイツでは、20世紀前半ごろまで、親の宗教を子が受け継ぐのは当たり前だった。無宗教も含め、自分の宗教を自分で選べるようになったのは比較的最近のことだ。こうした「個人化」によってヨーロッパのキリスト教会が著しく衰退したのに比べ、たとえばアフリカでは、キリスト教徒がめざましく増加している。逆に、移民の流入により、ヨーロッパに住むイスラム教徒の数がどんどん増えているのは周知の事実だ。狭い地域に複数の宗教の信者が混住するのが普通になっている。
 それぞれの宗教が唱える「真理」が信仰の異なる者を排斥せず、他者と平和的に共存するためには、何が必要なのか? 「自由とは常に、思想の異なる者の自由」といったローザ・ルクセンブルクの言葉が思い起こされる。
 ベックはユダヤ人エティ・ヒレスムが記した神との対話や、ガンジーの「方法論的改宗」、ドイツの劇作家レッシングが示す三つの指輪のたとえ(父親が全く同じに見える「家宝の指輪」を三人の息子に与える話。「真理」と「宗教」の関係を表す)などを挙げている。スピリチュアルな共存を考える上での、たくさんのヒントがありそうだ。
    ◇
 鈴木直訳、岩波書店・3465円/Ulrich Beck 44年生まれ。『危険社会——新しい近代への道』など。

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