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評伝 ジョージ・ケナン―対ソ「封じ込め」の提唱者 [著]ジョン・ルカーチ

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2011年09月25日

[ジャンル]政治 ノンフィクション・評伝 国際

表紙画像

■孤立・誤解を超え、示す外交の本質

 「対ソ封じ込め」政策を主導し、東西冷戦を演出した外交官。ジョージ・ケナンには、一貫してそうしたレッテルが貼られてきた。ところが1952年に刊行されたケナンの『アメリカ外交50年』を青年期に読んだときに、「ロシアの共産主義者たち」の尊敬を獲得すべきだ、といった表現に接し、奇妙な違和感をもった記憶がある。今回、本書を読んでその疑問があっさりと氷解した。
 本書は、2005年に101歳で亡くなったアメリカの外交官の評伝だが、著者は「包括的な伝記」ではなく、「彼の性格の研究書」という。だが読者にすれば、1世紀を生きたこの外交官が20世紀の人類史にどのように向き合ったか、この世紀は何が問われたのかを教示した極めて質の高い評伝だと思う。アメリカ中西部の中産階級の出身、ケナン家はスコットランドの名門の血をひくが、その家族環境やプリンストン大学での学生生活、そしてアメリカ国務省入省、ドイツ、エストニア、ラトビアなどを回り、やがてロシア研究に没頭、対ソ外交を担う外交官に育っていく。
 著者はこのプロセスを慈しむように追いかけながら、ケナンには独自の感性や性格があったことを明かす。この部分が本書の読みどころになるのだが、要は一面的なヒューマニストや素朴な民主主義礼賛者ではないということだ。
 例えば、34年のモスクワ赴任時には、スターリンの粛清を目の当たりにするが、これは共産主義のせいではなく、「異質な人間や外部世界に対する先祖伝来の猜疑心(さいぎしん)と恐怖感」というロシア的な要素と分析する。イデオロギーより、ソ連の共産主義体制という国自体が内部分裂を始めたとの解釈を底辺に据えている。第2次大戦後の冷戦も独自の見方を示し、政治的冷戦は是認して、本質は、歴史的、領土的問題と考えていた。
 外交官であると同時に、歴史家、思想家、そして作家としての素養をもっていたために、その発言がブレない。歴史を文学と重ね合わせる教養が讃(たた)えられる。人生は二分され、初めの50年間は主に外交官、後半の50年間は主に歴史家、文筆家だった精力的な生き方は、持論を確認しようとの意思が支えになったのだろうか。
 著者は本文中で執拗(しつよう)に二つの見方を伝える。孤立、孤独といった表現の多様さは、その先見性が受け入れられなかったことの代替語、そしてケナンは誤解されているとの表現は、外交は感情ではなく、理性や倫理の産物との忠告ととれる。冷戦終結間際、ゴルバチョフから賛辞を送られた。しかし、ケナンの関心は冷戦より深いところにあるとの指摘に、著者の同時代を見る鋭い目がある。
    ◇
 菅英輝訳、法政大学出版局・3045円/John Lukacs 24年、ハンガリー生まれ。46年にアメリカに移住。チェスナット・ヒル・カレッジで歴史学を教えたほか、コロンビア大などで客員教授を務める。邦訳書に『ブダペストの世紀末』など。

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