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峠うどん物語 上・下 [著]重松清

[評者]中島岳志(北海道大学准教授・南アジア地域研究、政治思想史)

[掲載]2011年09月25日

[ジャンル]人文 社会

表紙画像

■死者と出会い、生に向き合う

 震災後、様々な言葉が紡がれた。復興へのヴィジョン、原発批判、被災地のルポ……。
 その言葉の渦のなかで、最も取り残されたのは、震災で大切な人を亡くした人たちだったのではないか。「死者」という問題と、我々は本当に対峙(たいじ)したのだろうか。
 本書の舞台は、峠のてっぺんに建つうどん屋。もともとは木々に囲まれた静かな店だったが、突然、向かいの雑木林が伐採され、市営斎場がオープンした。店の客層は一変。斎場で故人を見送った人たちが利用する店になった。
 主人公は、この店を切り盛りする老夫婦の孫。女子中学生の「よっちゃん」は、日々「三人称の死」と出会い続ける。そして、その過程で静かに自己の生と向き合う。
 身近な人間の死は、確かに喪失だ。もう「あの人」はいない。しかし、私たちは喪失と同時に新たに出会っている。死者となった「あの人」と。死者は「私」に内在しながら、「私」を超越する。死者は「私」を見通す。死者との内的対話は、単なる追憶では終わらない。自己が如何(いか)に生きるのかという問いへと連続する。死者は自己との対峙を迫る。
 「よっちゃん」は、死者と向き合ったばかりの他者と出会う。死者を通じて自己の人生を凝視する人たちを見つめ、自分も少しずつ変容していく。そんな場面を、温かいうどんが和らげる。
 いま、私たちの多くは「よっちゃん」と同じところに立っているのではないか。私たちは震災を報じるメディアを通じて、多くの「三人称の死」と出会った。「二人称の死」に直面した人もいるだろう。
 私たちは、自分の生を問い直しただろうか。いま、ここで生きていることの意味を問い直しただろうか。
 本書は震災後の日本に、「死者との出会い」という問題を提起している。著者が投げたボールを、しっかりと受け止めたい。
    ◇
 講談社・各1575円/しげまつ・きよし 63年生まれ。作家。『エイジ』『ビタミンF』『十字架』など。

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