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東京ロンダリング [著]原田ひ香

[評者]穂村弘(歌人)

[掲載]2011年10月02日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■都会の「隙間」に生まれた職業

 事故や事件で人が死んだ部屋に一カ月間だけ住む、というのが主人公りさ子の仕事である。賃貸物件の場合、問題の部屋に一度誰かが入居すれば、それ以降の入居者には事情を説明する義務がなくなるらしい。そこで生まれた職業なのだ。
 当然ながら、りさ子は死んだ人間の部屋ばかりに住み続けることになる。「住む」こと自体が仕事だから、あとは何をしていても自由なのだ。
 ちょっと羨(うらや)ましいような気持ちになる。私も燈台(とうだい)守や山小屋の番人に憧れたことがあるが、それ以上に静かで人と関わらない仕事が、都会のど真ん中で可能だとは。
 お金と効率の原則に支配された現代の東京にも、奇妙な「隙間」があったものだ。いや、その支配を突き詰めたからこそ生まれた「隙間」というべきだろうか。
 だが、実際にそんな仕事をずっと続けたら、人間はどうなってしまうのだろう。「住む」だけでありつつ、それはお坊さんよりも体を張った供養ともいえるんじゃないか。
 りさ子よりも長くこの仕事をしている先輩の男性は、最近、蝉(せみ)の声が聞こえない、と打ち明ける。「耳が悪いんじゃないんですよ。りさ子さんの声やテレビの音はちゃんと聞こえてるし。ただ、なんというか……うちの近所に公園があって、毎朝散歩するんですが、僕が通ると蝉の声がぴたっと止(や)むんです」
 ぞくっとする。蝉たちは彼から普通の人間にはない気配を感じとったのだろう。その気配の正体とは何か。怖いけど知りたくなる。
 物語の終盤で、りさ子はお金と効率の世界の最深部に向かうことになる。若い女優が自殺した超高級タワーマンションでの仕事。そこは「蝉」の先輩ですら逃げ出した異様な部屋だ。自らの心を壊した東京の最も深い「隙間」に身を投ずることで、彼女は部屋と自分自身と街に新しい意味を与えられたのだろうか。
    ◇
 集英社・1365円/はらだ・ひか 70年生まれ。作家。『はじまらないティータイム』

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