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ケアの社会学―当事者主権の福祉社会へ [著]上野千鶴子

[評者]中島岳志(北海道大学准教授・南アジア地域研究、政治思想史)

[掲載]2011年10月09日

[ジャンル]医学・福祉

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■家族介護を解体し、共助のしくみ追究

 私たちは人類史上はじめて「超高齢化社会」を経験している。なぜなら人が簡単に死ななくなったからだ。過去にはありえなかった社会構成が出現している。
 また、介護保険法の成立によって、これまで家庭内の「不払い労働」だった介護が、家庭外の「支払い労働」へと拡大している。「介護は家族が担うのが当然」という規範は根強い。しかし、はたして家族介護は「自然」の行為といえるのか。それを無条件で「望ましいもの」とみなしていいのか。
 上野は、家族介護は神話であり、解体する必要があると論じる。そして、ケアは「愛の行為」ではなく「労働」と捉えるべきことを強調する。ケアを「有償の労働」とみなす時、「無償の愛だからこそ価値がある」という反論が常になされる。愛に基づく行為には感謝や生きがいといった貨幣に還元できない報酬が与えられており、その価値の獲得によって報われているというのだ。
 上野は、この議論の背景にはジェンダーと階級のバイアスが潜んでいると指摘する。そしてこのバイアスこそ、ケア労働が全ての労働の下位に置かれ、「支払い労働」になっても安い賃金しか支払われない要因になっているという。
 ケアは女であれば誰でもできる「非熟練労働」とみなされ、供給源が無尽蔵だと捉えられる。上野は、ケアを母性的な女の仕事と考える前提は思い込みであり、ジェンダー要因を崩さない限り、「タダのサービスになぜ高い報酬を支払わないといけないんだ」という見解は消えないと指摘する。
 さらに、問題は女性の側にも存在する。中産階級の主婦で有償・無償のケアボランティアに従事する人は「家政婦扱いされたくない」という差別的プライドから、低賃金ケアワーカーと自分を区別しようとする傾向がある。その意識から「自らのサービスの値段をすすんで切り下げ」、結果的に「低賃金のパート労働に出ざるをえない人々を排除」してしまう。ケア労働の賃金が安いのは、「わずかの価格差で、『崇高な奉仕』という正当化をあがなうためのイデオロギー価格なのだ」。上野はここに女性の階級問題を発見する。
 上野は新時代の介護事業の担い手として、「協セクター」の存在に注目する。本書では自助でも公助でもない「共助のしくみ」が追究され、フィールドワークに基づく具体的な事例が紹介されている。
 上野が若き日の代表作『家父長制と資本制』を出版してから21年。この間、常に議論をリニューアルし、問いを発展させてきた持久力は圧巻だ。自らの生き方とアカデミックな探求を合致させ、その理論と実践を徹底的に追究してきた集大成の成果に圧倒された。
    ◇
 太田出版・2993円/うえの・ちづこ 48年生まれ。社会学者、東京大名誉教授、NPO法人WAN理事長。『家父長制と資本制』『おひとりさまの老後』など。

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