書評・最新書評

平成猿蟹合戦図 [著]吉田修一

[評者]松永美穂(早稲田大学教授・ドイツ文学)

[掲載]2011年10月09日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■胸のすくような現代版仇討ち話

 昔話の「猿蟹(かに)合戦」は、猿に欺(だま)され、殺されてしまう蟹の敵を、子蟹たちが討つというものだ。悪い者には、いつかその報いが訪れる。以前、『悪人』で「悪」の意味を問い直した吉田修一だが、本書では弱者の目線に立った、胸のすくような現代版仇討(あだう)ち物語を紡ぎ出している。
 舞台は長崎の五島列島から東京の新宿・歌舞伎町、そして秋田へ。個性的な登場人物たちの群像が生き生きと動き出し、大きな人間関係の輪を形作っていく。ただし、誰が「猿」で誰が「蟹」なのかは、なかなかわからない。昔話では栗や蜂や臼が蟹の助っ人としてやってくるのだが、そうした構図が見えてくるのは、終盤にさしかかってからだ。
 この小説では、視点を提供する人物が場面ごとに入れ替わる。現在形が多用されることで臨場感が増し、内的独白によって登場人物への感情移入がしやすくなっている。五島列島や秋田の方言も、テクストに柔らかみと温かさを与えている。
 それにしても、歌舞伎町の若いバーテンダーが政権与党の公認を取りつけ、故郷の秋田から衆議院選に出馬……というストーリーは意表を突く。何の目的も持たずにぶらぶらしていた若者が、演説を仕込まれ、どんどん政治家らしくなっていく。台風の目となるこの青年の周りで、いろいろな人の運命が変えられ、活気のなかった小都市の住民たちも、「もしかしたら」という期待を持ち始める。この選挙戦の描写が抜群に面白い。
 マドンナ旋風とか、なんとかチルドレンといった一時の流行現象はわたしたちも目にしてきたが、マスコミをうまく巻き込んで支持層を拡大し、選挙妨害さえ自陣への有利なネタに変えてしまうしたたかな戦いぶりは、現実の選挙戦の裏側を見るようだ。と同時に、「こんな候補者がうちの選挙区にもほしい!」と、つい思ってしまった。ラストは爽快、かつ大いに泣ける。
    ◇
 朝日新聞出版・1890円/よしだ・しゅういち 68年生まれ。作家。『悪人』で大佛次郎賞、毎日出版文化賞。

関連記事

ページトップへ戻る