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記憶を和解のために―第二世代に託されたホロコーストの遺産 [著]エヴァ・ホフマン

[評者]姜尚中(東京大学教授・政治学、政治思想史)

[掲載]2011年10月16日

[ジャンル]歴史 社会

表紙画像

■親を襲った殺戮、魂の葛藤の軌跡

 ホロコースト(ショア)の闇の中で産声をあげ、母親の乳をすするようにその恐怖と悲しみ、いたみの体験を体内に取り入れた子どもたちはどうなるだろうか。おそらく親たちのトラウマと同化しようとするか、あるいは親の愛情を忌避するか、そうでなければアパシー(無感動・無関心)に陥るかもしれない。本書は、そうしたホロコースト「第二世代」の葛藤の軌跡を綴(つづ)った魂の現象学とも言える遍歴の書だ。
 彼ら第二世代にとって最大の不条理は、親たちを襲ったホロコーストという恐るべき殺戮(さつりく)が、直接的な体験としてではなく、過剰な意味、いわば寓話(ぐうわ)として与えられていることにある。この意味で彼らにとってホロコーストは、事実というよりも、むしろ得体(えたい)の知れない幻影のような出来事なのだ。それでも著者は荊棘(けいきょく)の道を行きつ戻りつしながら自己内対話を深め、ホロコーストの全体像に迫り、やがて「他者」との対話へと自らを開いていくことになる。
 「倫理の地平」に浮かぶ他者とは、何よりも絶対的な悪の象徴としての「ドイツ人」だ。ユダヤ人の第二世代とドイツ人の第二世代。対極にありながら、どこか共鳴し合う両者の関係についてこれまで多くのことが語り継がれてきた。ただ、本書で最も光っているのは、他者としての「ポーランド人」との関係に触れた箇所だ。ユダヤ人にとって、そして著者にとっても、ポーランド人はドイツ人のような「象徴的な」他者ではない。ほとんどのユダヤ人絶滅計画が実行された場所であるポーランドは、著者の家族をはじめ、多くのユダヤ人の故郷でもあるからだ。ポーランド人とユダヤ人は、同じく迫害と受難の歴史をくぐり抜けながら、しかしホロコーストにおいてはポーランド人は具体的な加害者として立ち現れたのである。
 それでも、冷戦が崩壊し、著者たちが故郷のザウォッシツェの村への帰還をかなえ、「過去への旅」を通じて父母たちの寓話を現実の中で確かめるシーンは感動的だ。そこには、他者の苦痛と死を忘れず、同時に寛容としての正義に基づいて和解を求め続ける著者の願いが溢(あふ)れている。
 だが、冷戦崩壊以後、大きな物語の空隙(くうげき)を埋めるように記憶という言葉が氾濫(はんらん)し、ホロコーストは「歴史的な恐怖のアレゴリー(寓意)の原型」になりつつある。今や、ホロコーストは、容易に感情移入や共感可能な文化現象として消費されようとしているのである。本書は、このホロコーストの「超(ハイパー)・記憶」化の現象に抗(あらが)う現代的古典として何度も顧みられるに違いない。ホロコースト以後の現代の『精神現象学』とも言える名著だ。
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 早川敦子訳、みすず書房・4725円/Eva Hoffman 45年、ユダヤ人の両親のもとポーランドで生まれる。「ニューヨーク・タイムズ」の編集者を経て作家。



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