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ルポ 下北核半島―原発と基地と人々 [著]鎌田慧、斉藤光政

[評者]上丸洋一(本社編集委員)

[掲載]2011年10月16日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■一身に担う日本近現代史の矛盾

 日本で初めて「原子の火」がともった茨城県東海村。原子炉建設地のすぐ南側に、米軍の射爆場があった。1957年に原子炉の運転が開始されてからも、射爆場はそのまま使用された。訓練が停止されたのは14年後の71年。直後に近くで核燃料再処理工場の建設が始まる。
 原発と基地はよく似ている。都会に置けない巨大施設が、都会から離れた地域に隣り合うように置かれている。
 その典型が青森県の下北半島だ。そこには核燃料サイクル基地や原発などの原子力施設が集中し、米軍の海外基地としては3番目に大きい三沢基地などがある。
 本書は、下北半島の原子力施設とこれに反対する人々を長年、取材してきた鎌田慧と、地元紙「東奥日報」の記者として県内の基地の動向を追ってきた斉藤光政のルポを合わせて収録している。
 「核廃棄物は一〇〇年先まで管理する、というけど、二〇年先さえどうなるかわからない。まあ、大丈夫かなというのは、せいぜい五、六年先までだ」
 六ケ所村の核燃料サイクル基地に反対する地元の老人はそう語る。
 下北半島北端の大間では、原発予定地からわずか250メートルのところに一軒のログハウスが立つ。反原発の志を亡き母から継いだ娘が、ここを拠点に運動を続ける。電気は太陽光と風力でまかなう。東日本大震災後の停電時にもここだけは電気がついた。
 2003年のイラク戦争に際し、バグダッド空爆の一番乗りをしたのは、三沢基地に所属する米空軍機だった。
 その基地がもたらす交付金などが三沢市の財政と経済を支える。基地に対する地元住民の感情は複雑だ。
 日本近現代史の矛盾を一身に担うかのような下北半島。青森県が生んだ歌人、劇作家寺山修司の歌を思う。
 ——身捨つるほどの祖国はありや
    ◇
 岩波書店・1995円/かまた・さとし 38年生まれ。ルポライター▽さいとう・みつまさ 59年生まれ。新聞記者。

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