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ものすごくうるさくて、ありえないほど近い [著]ジョナサン・サフラン・フォア

[評者]斎藤環(精神科医)

[掲載]2011年10月23日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■“自分の言葉”を取り戻す冒険

 キングとホーキング。二人のスティーヴンの間に現実(リアル)はある。なんぞ? つまり「空想」と「科学」の間、ということだ。
 ニューヨークに母と暮らす九歳の少年・オスカーは、9・11のテロで最愛の父親を亡くす。死の直前、父は崩壊しつつあるWTCから留守電にメッセージを残していた。父の遺品の中にあった謎の鍵。その鍵にぴったりの鍵穴を求めて、オスカーの冒険が始まる。
 クラスの空気が読めないオスカーは友達が少ない。相棒は自称百歳の老人、ミスター・ブラックだけ。二人はとぼとぼとニューヨーク中のアパートを訪ねて回る。とうてい心躍る冒険、とは言えない。やや愚痴っぽい「ライ麦畑」風の独白に、オスカーの祖父母の手紙が挿入される。彼らは第二次大戦のドレスデン爆撃を経験した移民だった。ここにオスカーが朗読する広島の原爆投下の記憶が交錯する。
 愛するものを失うこと。それは言葉を失うことだ。オスカーは利発で饒舌(じょうぜつ)な少年だが、その饒舌は失語の代償でしかない。彼の頭はしょっちゅう何かを「発明」している。彼はホーキングに手紙を書く。「空想」と「科学」への“逃避”。そこには象徴=言葉が欠けている。だから彼の饒舌は“グーグル”のように正確で空疎だ。
 タイポグラフィーや写真の挿入、暗号などがふんだんに用いられる手法は、実験的作風、にも見える。しかしこれらの手法はむしろ、移民や子どもといった、“うまく語れない存在”の素朴な語り口やディスコミュニケーションを、リアルに追体験させるためのものではないか。
 八カ月にも及ぶ冒険の果て、オスカーは“自分の言葉”を取り戻す。うるさくて「ありえないほど近い」存在が何であったかを理解する。少年が象徴=父を回復する感動的な第一歩は、3・11後を生きる私たちにとっての貴重な道しるべでもあるだろう。
    ◇
 近藤隆文訳、NHK出版・2415円/Jonathan Safran Foer 77年生まれ。作家。『イーティング・アニマル』。

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