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ベルリン 地下都市の歴史 [著]D&I・アルノルト+F・ザルム

[評者]松永美穂(早稲田大学教授・ドイツ文学)

[掲載]2011年10月23日

[ジャンル]歴史 社会

表紙画像

■出口なきトンネル、迷走の過去ゆえに

 東京スカイツリーの工事の進捗(しんちょく)状況が話題になっているが、目につきやすい高層化の一方で、大都市が地下に向けても発展を続けているのは周知の事実だろう。限られた土地を有効利用するために、建造物や交通網も、地面の下で新たな拡(ひろ)がりを見せる。戦争や特殊な国際情勢が作用すれば、地下の用途がさらに増えていくことは想像に難くない。本書は、ベルリンという特異な歴史を持つ都市の相貌(そうぼう)を、地下から観察しようとするユニークな試みである。
 ベルリンの地下といえば、フリッツ・ラングの映画「M」の結末で、殺人犯がどこかの建物の地下に追い詰められる場面が思い出される。ヒトラーが自殺したのも地下(総統官邸地下壕〈ごう〉)。冷戦時代には、東から西への亡命者の脱出用に、ベルリンの地下にトンネルが掘られた。
 本書でくりかえされるキーワードは「出口なきトンネル」。ベルリンの地下開発における、さまざまに迷走した過去が、この言葉に端的に表されている。ナチ時代、市の中心部にアウトバーントンネルを通そうとした壮大な計画は頓挫した。戦時中は何千人という市民を収容できる地下壕が次々に作られ、工場の地下移転が進められた。戦後、ベルリンが東西に分裂すると、地下の交通網が寸断され、封鎖された「幽霊駅」が生まれた。国境付近のすべての下水管には、亡命を阻止するための保安柵が付けられたという。この時代に米英の諜報(ちょうほう)機関が掘らせたスパイトンネルも現存しているらしい。
 スパイといえば、地下は闇世界にもつながる。本書では、法の外で生きた人々の物語が、地下と結びつけて語られている。複雑な脱出ルートを地下に確保して銀行強盗に臨んだザース兄弟の話など、非常にスリリングだ。
 地下は、ベルリンではもはや一つの観光資源。「ベルリン地下世界」という社団法人があり、地下建造物の研究を進めるとともに、10コースにも及ぶ週末ツアーを企画している(ただし、ほとんどは夏季開催)。フンボルトハインの防空壕ツアーにはわたしも参加したことがある。アレクサンダー広場の地下シェルターや、「気送管郵便」(筒に入れた書類を地下の配管を通して送るシステム)の見学ツアーもあるらしい。本書の著者には、「ベルリン地下世界」の設立者も含まれている。内容が詳しいのは当然なのだ。
 カタコンベのあるパリの地下、アートな落書きのあるニューヨークの地下など、「地下都市の歴史」がシリーズで出ている。写真が充実していて、好奇心をかき立てられる。湧き起こる、「地下萌え」の予感。東京や大阪の知られざる地下も、見てみたくなってくる。
    ◇
 中村康之訳、東洋書林・3990円/Dietmar&Ingmar Arnold 64年生まれの「ベルリン地下世界」設立者・筆頭理事長と、67年生まれの共同設立者・研究部門担当◇Frieder Salm 62年生まれ。カメラマン。

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