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ディアスポラ [著]勝谷誠彦

[評者]福岡伸一(青山学院大学教授・生物学)

[掲載]2011年10月23日

[ジャンル]文芸 社会

表紙画像

■予言、そして民族の意味問う書

 この物語の通奏低音には、私たちの五感をたえず逆撫(な)でするものが流れている。鼻をつく排泄(はいせつ)物の臭気。薄い酸素。冷えた空気。肌を焼く紫外線。腐敗物にまみれたゴミ捨て場。そこから先は、高濃度の塩分と苛性(かせい)ソーダからなる死んだ湖が広がる。空高く禿鷲(チャゴエ)が旋回する。中国政府が受け入れた日本人グループのひとつが粗末なあばら屋に押し込められている。
 チベット・チャンタン高原。「キャンプ」と呼ばれるその場所に、国連難民高等弁務官事務所から派遣された調査員として「私」は訪れている。そう、ここでは日本人は難民となっているのだ。
 「私たちが有史以来くぐり抜けてきた災厄など語るほどのことですらないと思われる、あの出来事」。難民キャンプの人々は、それをただ「事故」と呼んでいる。彼らは、近くに駐屯する中国軍の監視の目を気にしながら、身を寄せ合うように暮らし、元に戻れる日を心待ちにしている。日本列島の惨状からすれば、帰国などあり得ないことを知る「私」は困惑する。
 まもなくキャンプの中で人が死ぬ。遺体は鳥葬にふされる。白く光るカイラス山を遠く見渡す峠で、国土を失った日本人が、切れ切れの断片となって自然に還(かえ)るこのシーンは研ぎすまされた美しさに満ちている。
 「事故」とは一体どんなものだったのか。日本はどうなってしまったのか。「私」の調査の目的はなんなのか。最後まで、著者はそれを詳(つまび)らかにはしない。
 おそらくこの小説はもっと大きな構造を持った物語の一部なのだろう。初出は今から10年も前のことである。予言の書であり、民族の意味を問う書である。そして、著者の隠された屈折をうかがわせる物語でもある。それは詩人になりそこねた詩人とでもいうべき屈折である。屈折がなければきっと美しい文章など書けないのだ。
    ◇
 文芸春秋・1400円/かつや・まさひこ 60年生まれ。文筆家、写真家。著書に『イラク生残記』『食の極道』など。

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