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時間はだれも待ってくれない―21世紀東欧SF・ファンタスチカ傑作集 [編]高野史緒

[評者]田中貴子(甲南大学教授)

[掲載]2011年10月30日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■現実と非現実の曖昧な境界で

 チェコの首都、プラハに数日滞在した折、ある日本研究者に「東欧」ということばを漏らしたところ、すぐさまこう遮られた。「いや、私たちは中欧と呼んでいます」。ベルリンの壁が崩壊し、東西冷戦が終結した現在、ソ連の衛星国として社会主義体制を敷いていた国々は、もう「東側」ではないのだ。
 しかし、そうした歴史の中で育まれた文学は、西欧とは異なる独特の雰囲気をまとっている。カフカ、チャペック、スタニスワフ・レム、と名前を挙げてみれば、なるほどと思う方が多いのではないか。その特徴の一つに、日常生活の中に超越的存在や不条理な出来事が何の前触れもなく立ち現れる、という点がある。
 知らぬ間に過去の街に迷い込んだり、列車で「神」と同席したり、今はないはずのドメインからメールが来たり。現実と非現実との境界が曖昧(あいまい)なまま、物語は進んでゆく。
 本書に収録されたのは21世紀になってから書かれた新しい作品ばかりだが、欧米のように、異様な出来事を科学的に分析したり論理的に説明したりする方向へは向かわない。未来の話なのに、押しボタンで操作する武骨な鉄製のロボットが出てくるような、妙に古めかしい感じがするのである。人間と異類とが違和感なく共存する昔話を思い出させもする。
 「東欧」は多言語地域のうえ、宗教的にもカトリック圏とロシア正教圏のはざまにあって混沌(こんとん)とした多様性を抱えているという。複雑な政治状況に翻弄(ほんろう)され、また、チェルノブイリ事故にさらされた地域もあった。ファンタスチカはそうした環境こそが生み出した文学であり、人間存在そのものへの深い洞察にまで踏み込んでいるといえよう。
 どの物語も本邦初訳のうえ、現地語からの直接訳は初めての試みである。解説も充実しており、「東欧」文学の知られざる魅力をあますところなく伝える一冊である。
    ◇
 識名章喜ほか訳、東京創元社・2625円/ポーランドの作家ミハウ・ストゥドニャレクの表題作など12編を収める。

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