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ボブ・ディラン・グレーテスト・ヒット第3集 [著]宮沢章夫

[評者]奥泉光(作家)

[掲載]2011年10月30日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■日常という怪物の気配、濃密に

 小説の冒頭には2001年9月1日と日付が明記される。これは44人の死者を出した新宿歌舞伎町の雑居ビルの火災があった日であり、小説の最後は同年9月11日の日付が記されるが、これはいうまでもなく「9・11」テロのあった日である。西新宿の中古レコード店を舞台にした本作では、この二つの現実の事件に挟まれた虚構の時間が描かれるのだが、ここに立ち現れてくるのは、日常というものの奇怪な相貌(そうぼう)である。民俗学でいう「ハレ」と「ケ」の反復で時間が活性化される仕組みを失った世界にはのっぺりした日常しかなく、しかも私たちは、「坂道に立っている」のであり、ころげ落ちないようにするだけで努力を要する場所で生きている。非日常の出来事はたしかに起こるだろう。しかしそれが日常を動かしたりはしない。「3・11」からの「復興」とて日常のさなかで淡々と果たされるしかないのだ。本作は果てしない日常という、不死身の怪物の気配を濃密に伝えてくる。
    ◇
 新潮社・1575円

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