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山口優夢「句集 残像」書評 我々は「本体」を見ているのか

評者: 穂村弘 / 朝⽇新聞掲載:2011年10月30日
残像 句集 (角川新鋭俳句叢書) 著者:山口 優夢 出版社:角川学芸出版 ジャンル:小説・文学

ISBN: 9784046523044
発売⽇:
サイズ: 19cm/117p

句集 残像 [著]山口優夢

 山口優夢の第一句集である。
 〈あぢさゐはすべて残像ではないか〉
 紫陽花(あじさい)に特有の色と形が「残像」と表現されていて、なるほどと思わされる。「あぢさゐ」という旧仮名表記もどこか「残像」っぽい。でも、もしも本当に「すべて残像」なのだとしたら、我々は紫陽花の本体を一度も見ていない事になる。本体はどこにいるのだ。と、そこで奇妙な事を思いつく。じゃあ、「愛」とか「国」とか「私」とかはどうなんだろう。もしかしたら、私はそれらの本体も見た事がないんじゃないか。
 〈電話みな番号を持ち星祭〉
 「電話みな番号を持ち」に驚く。一見当たり前のようだが、ここから例えば「人はみな遺伝子を持ち」や「愛はみな宿命を持ち」が、心の奥に湧き上がる。「あぢさゐ」の句と同様に、僅(わず)か数文字の言葉が、読者の心から、より大きな何かを引き出してしまうのだ。
 〈未来おそろしおでんの玉子つかみがたし〉
 「未来」と「玉子」だけが漢字だ。「玉子」の中には「未来」の時間が詰まっている。いわば「未来」の塊のようなもの。それが「つかみがた」くて「おそろし」いのだろう。音読すると、字余りのせいで全体が早口になる。それが「おそろし」さと同時に奇妙なユーモアを感じさせる。
 〈蜘蛛(くも)の巣にはげしく揺るるところあり〉
 そこで怖(おそ)ろしい事が起きている。にも拘(かか)わらず「はげしく揺るる」とのみ書かれる事で、怖さが増幅された。
 〈投函(とうかん)のたびにポストへ光入る〉
 云(い)われればその通りだが、普通は気づかない。その理由は我々が「ポスト」の外側の世界に生きているから。だが、作者は「ポスト」の内側の闇に心を飛ばすことができる。その力が遺憾なく発揮された秀句を最後に引いておく。
 〈心臓はひかりを知らず雪解川〉
    ◇
 角川学芸出版・1575円/やまぐち・ゆうむ 85年生まれ。アンソロジー『新撰(しんせん)21』に参加。10年、角川俳句賞受賞。