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スティーブ・ジョブズ(1・2) [著]ウォルター・アイザックソン

[評者]山形浩生(評論家)

[掲載]2011年11月06日

[ジャンル]IT・コンピューター ノンフィクション・評伝

表紙画像

■「天才」の生と死、いちはやく活写

 本書を手に取る人で、スティーブ・ジョブズを知らない人はいないはず。過去十年以上、彼の各種製品はコンピューターや音楽流通、携帯電話のあり方を一変させ、社会現象にまでなったのは周知のこと。
 それが本書のつらいところだ。基本線では目新しさの余地がないのだから。
 評者のような古参パソコンマニアは、アップル草創期からジョブズの活動はリアルタイムで知っている。また近年のアップル製品のファンも、本書の記述に違和感はないはず。絞り込んだデザインへのこだわり、ハードからソフトまで一貫したユーザー体験の重視、ライフスタイルにまで踏み込むプレゼン——iナントカの利用者なら、改めて説明されるまでもない。
 知っていることの反復と紋切り型の結論が好きな人は、それで満足だろう。嫌われても己の信念と美学を貫き通したジョブズはやっぱり凄(すご)かった、というわけだ。だが評者を含め不満を感じる人も多かろう。本書には細かなエピソード以外は、新しい知識や発見はないのだ。
 これは仕方ない。ジョブズは特に秘密の多い人物ではないのだし。だがそれでも何とか新規性を出すべく些末(さまつ)なエピソードを詰め込んだせいで、本書はえらく分厚い。それも時に裏目に出る。特に2巻、ジョブズがアップルに復帰してからは、既存のビジネス書と差別化しようとしたのか、無意味なセレブばかり登場して水増し気味だ。
 しかもその細部に見えるジョブズ像は、かなり常軌を逸している。彼は学習効果のない人物で、公私ともに何か思いつく→関係者を怒らせる→まわりを丸め込む→無茶(むちゃ)を連発して嫌われる→実現か失敗→あたり散らして愛想をつかされる、ということの連続だ。だから細部というのは、ジョブズがだれにどんな罵詈(ばり)雑言を浴びせ、どんなひどい仕打ちをしたかという話ばかり。信念を貫くといえば聞こえはいいが、むしろ思い込みが激しいだけ。ひたすらわがままで身勝手で他人の手柄やアイデアも平気で奪い、女の子をはらませてもほっぽって、正義も公正も誠意も身勝手な時にだけ発動させ、まあろくでもない。2巻で多少の落ち着きを見せるのがせめてもの救いだろうか。
 そしてやはり本書で悲しいのは、その天才ゆえの思い込みが死期をはやめてしまったこと。ジョブズはガンの検査も適切な治療も拒み、インチキ食事療法や鍼(はり)や心霊療法にまで手を出し、そのために手遅れになった可能性が高いという。すぐ治療を受けていれば、あと十年は活躍できたはずなのだが。
 だが、その時に自滅的なほどの頑固さがなければ、アップルの各種製品は生まれなかったのも事実。天才とはそういうものなのかもしれない。その意味でちょっと残念なのは、多くの天才たちの伝記を執筆してきた著者が、本書でジョブズ個人を超えた天才への普遍的な視点を出すことなく、巻末の語録など各種材料を読者の前に放り出すだけで終わっていることだ。そこにはまた読者側の事情もある。著者にもぼくたちにも、まだあまりにジョブズの記憶は新鮮すぎる。そこに提示できる最良のものは、本書のように必ずしも精査されない材料を羅列することなのかもしれない。
 いずれ、もっとすべてを客観視できるほどの時間がたったところで、もう少し視点のきいた伝記を読んでみたいところ。それまでは読者一人一人が自分なりのジョブズ像を描きだす材料を、本書はたっぷりと提示してくれる。
    ◇
 井口耕二訳、講談社・各1995円/Walter Isaacson 52年生まれ。作家、「タイム」誌元編集長、CNN元最高経営責任者(CEO)。『アインシュタイン その生涯と宇宙』『キッシンジャー 世界をデザインした男』など。

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