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ドリトル先生の世界 [著]南條竹則

[評者]福岡伸一(青山学院大学教授・生物学)

[掲載]2011年11月13日

[ジャンル]文芸 科学・生物

表紙画像

■愛にあふれる解題本の決定版

 ドリトル先生の物語が子供の頃の幸福な読書体験になっている人は多いのではないだろうか。自然を愛し、動物の言葉を理解する先生は、太っちょで、いつも飄々(ひょうひょう)として、ちょっと脱力系の人。作者ロフティングは、物語の舞台を19世紀初頭の英国においた。子供の頃には気づかなかったが、この設定こそがドリトル先生の物語に独特の風合いと深みを与えていたのだ。
 本書は、そんな歴史的・文化的・社会的諸事情をこと細かく解題するドリトル先生読本の決定版。まず住まいの様子から、先生の家系は、上流階級の一員ジェントリ(爵位を持たない地主階級)だとする。
 私が一番好きなのは『ドリトル先生航海記』。ここにトミー・スタビンズという少年が登場する。彼は先生に弟子入りし、後には物語の語り手となる。彼が先生と出会うシーンは本当に美しい。先生は、貧しいスタビンズ家を訪問し、夕食を共にし、少年の父と笛を合奏する。床についた後もその音は少年の頭の中を巡る。「階級の隔てを無視するこうした振舞いは、少年の目にドリトル先生をいっそう素晴らしい、偉大な人にした」。先生の数少ない(人間の)友達は、一風変わった人物ばかり。猫肉屋のマシュー・マグ。貝ほりのジョー。世捨て人のルカ。彼らもまた当時の厳然たる階級社会の底辺に位置することを知る。
 先生は、豚のガブガブを家族としてこよなく可愛がる一方、好物は豚肉。生命に対する先生の姿勢には偽善がない。物語に登場する楽しい食の数々についても解説がある(著者もたぶん美食家)。そしてドリトル先生をドリトル先生たらしめているのは、訳者井伏鱒二の名調子があるからだ。その経緯にも言及。どのページからも、著者のドリトル先生“愛”が感じられる。巻末に絵入り登場人物・動植物小事典。ドリトル先生をもう一度読み返したくなる。
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 国書刊行会・2520円/なんじょう・たけのり 58年生まれ。作家・英文学者。著書に『酒仙』『魔法探偵』など。

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