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三角寛「サンカ小説」の誕生 [著]今井照容

[評者]荒俣宏(作家)

[掲載]2011年11月13日

[ジャンル]歴史 人文

表紙画像

■昭和初期の「うさん臭さ」孕んで

 三角寛といえば、「説教強盗」という神出鬼没の怪盗事件を報道したスクープ記者として知られるが、彼がこの強盗に関係あると疑い調査しだした「サンカ」に関する著作は、さらに有名であり、謎も多い。本書は彼のサンカ研究を「うさん臭さ」というキーワードと時代情況との関係から読み解こうとした大作だ。
 内容は濃くて熱い。「説教強盗」が世を騒がせた昭和3年を、若き天子昭和天皇の即位に象徴される輝かしい昼と、強盗が横行する大不況下の息苦しい夜との対比で語るくだりから、昭和初期の匂いが濃厚に立ち上がる。
 サンカとは、山中の「異世界」に隠れ住み、独自の「隠語」を話し、戸籍を持たない集団を指し、多数が都市などの下層社会に潜入しているとも噂(うわさ)された。三角は東京朝日新聞の記者として得た材料を実話形式で語る「昭和毒婦伝」を雑誌連載する中で、問題のサンカを著述しだした。
 「日本国の支配の外に住む無垢(むく)な住人」がこちらの世界にかかわって毒婦や犯罪者に転落するというサンカ「実話」のドラマ性は、大不況と満州事変により生活苦と政治不安に曝(さら)されていた読者の共感を得た。素朴にして人情に篤(あつ)く、自然と一体化して暮らすサンカ社会に、庶民は「失われたユートピア」を見た。やがて実話は物語化し、タブーだったサンカ社会に逃げ込む「こちら側の人間」のドラマへと「進化」する。さらに軍部による暗殺やクーデターが多発すると、サンカのほうから戸籍を得て兵役に志願しようという「愛国者」まで登場してくるのだ。
 ここに三角の「うさん臭さ」の根源があった。それどころか、当時の事実報道すら同じうさん臭さを孕(はら)まざるをえなかった真相を丹念に掘り返す部分こそ、本書最大の読みどころだ。三角寛が戦後忘れられた現象の意味も、それを継いだ現代メディアの危うさの要因も、鮮明にされる。
    ◇
 現代書館・3360円/いまい・てるまさ 57年生まれ。「三角寛サンカ選集」の編集に参加。著書に『報道と隠蔽(いんぺい)』。

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