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笑い三年、泣き三月。 [著]木内昇

[評者]松永美穂(早稲田大学教授・ドイツ文学)

[掲載]2011年11月13日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■戦後の焼け跡、寄り添い合う人々

 家族になれるのかな。それともやっぱり無理なのかな。そんなことを考えながら、ハラハラして読んだ。敗戦の翌年、上野駅の風景。上京したての旅芸人が、駅頭で出会った少年に案内され、徒歩で浅草に向かっている。言問通り付近はまだ一面の焼け野原。スター芸人を目指す旅芸人のおじさんは、焼け跡を見て絶句している。すきっ腹を抱えた戦災孤児の少年にも、焼け跡を直視できない辛(つら)い過去がある。背景のまるで違う2人が、身を寄せ合い、ひもじさをごまかしながら、困難な時代を生き抜こうとする。そこにひねくれ者の復員兵や、「財閥令嬢」を自称するダンサーが加わって、ふしぎな共同生活が展開していくのだ。
 浅草という場所が効いている。食糧難の時代だが、人々は娯楽にも飢えている。浅草の活気は日本の復興の予兆でもあるのだ。旅芸人のおじさんは浮世離れしていて謎の存在だが、何ともいえぬ温かみを醸し出している。場末の劇場で踊るダンサーのふう子も、明るくて情が深い。この2人がときおり発する一言がいい。
 「嘘(うそ)って世の中に存在しないと思っとるのよ」(どの人にも、その人なりの真実がある)、「人のためにすることって、まず間違いがないのよ」(自己愛には限界がある)、「商売は真心込めてせねばならんよ」(客を見下してはいけない)。うんうん、なるほど。人生を照らす灯のような言葉だけれど、戦災孤児のター坊はその灯を受けとめられるだろうか。家族になれるのか、という冒頭の問いの答えは実はそれほど簡単ではない。空襲で失った家族を、そんなに簡単に別のものに置き換えるわけにはいかないからだ。
 震災前に書かれた作品だが、焼け跡は津波後の風景にも重なる。大切なものを奪われ、生活の再建に苦しむ人々に寄り添い、励まそうとする語り手のまなざしがある。静かな愛に溢(あふ)れた小説だ。
    ◇
 文芸春秋・1680円/きうち・のぼり 67年生まれ。『漂砂のうたう』で直木賞。ほかに『茗荷谷の猫』など。

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