書評・最新書評

スエズ運河を消せ [著]デヴィッド・フィッシャー/ナチを欺いた死体 [著]ベン・マッキンタイアー

[評者]逢坂剛(作家)

[掲載]2011年11月20日

[ジャンル]歴史 ノンフィクション・評伝 国際

表紙画像

■第2次大戦秘話、驚きの謀略作戦

 第2次大戦中の、謀略作戦の秘話が、立て続けに翻訳された。
 『スエズ運河を消せ』では、マジック・ギャングと称する英国のカムフラージュ部隊が、戦場で多彩な偽装作戦を展開し、ドイツ軍の目をくらます。その立案者は、英国人の本職のマジシャン、ジャスパー・マスケリンである。
 ジャスパーは、ふだん観客相手に行うトリックを、何倍もの規模のイリュージョンに、仕立て上げる。ボール紙や木で作った模型、巨大な布に描いた偽絵、さらには光や鏡や音響効果など、あらゆる偽装技術を総動員して、空中偵察や夜間爆撃にやって来るドイツ軍を翻弄(ほんろう)する。アレクサンドリア港を、一夜にして別の場所に移し、スエズ運河を光の洪水の中に消し去り、たった三つの艀(はしけ)で大上陸作戦を演出する。まさか、と思うようなことばかりだが、眼前にマジックショーを見るごとく、楽しく読める本だ。
 『ナチを欺いた死体』は、『スエズ』をさらに上回る、奇想天外な謀略作戦である。
 英国は、非戦闘員の死体にシチリア島上陸作戦に関わる極秘文書を持たせ、飛行機事故による溺死体(できしたい)に見せかけて、スペインの港町ウエルバの沖合に漂着させる。
 ドイツ側が、本物の文書だと信じるように、E・モンタギューら担当スタッフは、驚くほど綿密な偽装工作を施す。まずは死体に、ウィリアム・マーティン少佐の名を与え、実在する人物のように見せかけるため、極秘文書のほかに父親の手紙、恋人からのラブレター、買い物の領収証、劇場の入場券の半券などを、仕込んでおく。
 文書は狙いどおり、親枢軸国のスペインから、ドイツの秘密機関の手に渡り、複写が取られる。彼らは、それが罠(わな)であることに気づかず、地中海作戦の次期上陸地点を、ギリシャと誤信したあげく、連合軍のシチリア島上陸を、許してしまう。これが知る人ぞ知る、〈ミンスミート作戦〉である。
 モンタギューは1953年に、『実在しなかった男』を刊行し、本作戦の概要を公表した。このリポートは、57年に『放流死体 謀略戦記』という題で、邦訳も出ている。その後、使われた死体の正体を含めて、しだいに本作戦の背景や詳細が明らかになった。本書はその集大成というべく、従来伏せられていた多くの機密事項を、白日のもとにさらした。
 評者は数年前、この謀略作戦を拙著『暗い国境線』で取り上げたが、もしその時点で本書が出ていたら、あまりに詳細な秘密の暴露に頭を抱え、筆を止めていたかもしれない。
 ともかくこの2作品は、第2次大戦にまつわるほとんど最後の秘話の報告といっていいだろう。
    ◇
 『スエズ』金原瑞人・杉田七重訳、柏書房・2730円/David Fisher 米国のノンフィクション作家。政治、社会問題、芸能などの分野を執筆。▽『ナチ』小林朋則訳、中央公論新社・2625円/Ben Macintyre 英国タイムズ紙のコラムニスト、副主筆。



関連記事

ページトップへ戻る