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私が愛した東京電力―福島第一原発の保守管理者として [著]蓮池透

[評者]上丸洋一(本社編集委員)

[掲載]2011年11月20日

[ジャンル]社会

表紙画像

■原発の「自滅」を在職中に確信

 東日本大震災の発生以降、「東京電力」の名を見聞きしない日は一日もない。新聞もテレビもこの会社を主語とするニュースを連日伝えてきた。にもかかわらず、東京電力とはどんな会社なのか、もう一つよくわからない。靴の下から足をかくかのような感じがある。それは、そこに働く人の肉声がほとんど聞こえてこないからだろう。
 本書は、東電に32年間勤務した元社員による「東電体験記」。東電の内情を語る貴重な証言だ。
 著者によると、福島第一原発に勤務していた際、独身寮の朝食メニューは毎日、同じだった。ご飯、おしんこ、生卵、納豆。これを変えようとすると反対された。値段が上がるから嫌だ、という人が多かったという。
 水力、火力、送電、変電、配電などの部門と原子力部門との間には、人事交流がほとんどなかった。原子力部門で働く社員にはパイオニアのプライドがあり、「原子力なんて、(外国から)丸ごと買って来たもんじゃないか」とみる他部門の社員との間に意識のギャップがあった。
 画一性と、セクショナリズムと。しかし、それは何も東電だけのことではない。多くの会社に大なり小なり、同じようなことがある。つまり、東電は「私たち」と異なる特別の存在なのではなく、「私たち」と地続きの存在、あるいは「私たち」自身なのかもしれない。
 「このままいけば原発は自滅する」と著者は在職中から考えてきた。高レベル放射性廃棄物の最終処分場が設置できない以上、原発は「自滅」の道を歩むしかない、と。
 ただ、本書を読む限り、在職中に著者が自分の考えを社内で語った形跡はない。語る環境がなかったのだろう。しかし、もし東電に「言論の自由」があれば、今日の事態は避けられたのではないか。日本の会社にそれを求めるのは、そも無理なのだろうか。
    ◇
 かもがわ出版・1575円/はすいけ・とおる 55年生まれ。東京電力で原子燃料サイクル部部長など。09年に退社。



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