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帰還の謎/ハイチ震災日記 [著]ダニー・ラフェリエール

[評者]斎藤環(精神科医)

[掲載]2011年11月20日

[ジャンル]国際

表紙画像

■被災した故郷への追憶と予感

 ハイチについて、なにを知っているだろう? 最初に独立した黒人の共和国。北半球の最貧国。ブードゥー教とゾンビのふるさと。2010年1月12日の大震災。そんなところか。かくも遠いハイチ。
 ハイチで生まれカナダに住む著者ラフェリエールは、大の日本びいきだ。芭蕉を師とあおぎ、『我輩は日本人作家である』という著書まである。芭蕉と震災がハイチと日本を引き寄せる。その不思議な磁場に身をゆだねよう。
 圧政を逃れた亡命作家が、故郷に抱く思いは複雑だ。故郷を救う使命感と、故郷を捨てた罪悪感とがせめぎあう。しかし亡命33年目にして、彼は帰還する。父を故郷に連れて帰るため。アメリカに亡命し孤独に死んだ父。訪れた息子に、俺には子供も家族もいない、と怒鳴った父。彼の遺体も遺骨もない葬儀のために。
 帰還の旅はゆっくりと進む。敬愛する詩人、エメ・セゼールの『帰郷ノート』が旅の友だ。詩と散文の組み合わせという記述法はセゼールの手法そのもの。事実は散文で、寓意(ぐうい)と主観は詩で表すやり方は、ノンフィクションの手法としてもすぐれている。世界の重層性と、書き手の心の揺れを、カメラの手ぶれのように触知できるのだ。
 断片的なスケッチをつないでいく形式は、『ハイチ震災日記』でも踏襲されている。ここには単純な感傷も悲嘆もない。捨てたはずの故郷への旅で、亡命作家として未曾有(みぞう)の大地震に遭遇し、辛くも生き延びるということ。それは不幸なのか僥倖(ぎょうこう)なのか。
 引き裂かれた故郷の大地に、作家が抱く追憶と予感。それは“二重の帰郷”を意味するだろう。ハイデガーが言うように、真の帰郷とは放浪のことであり、真の追憶とは予感のことなのだから。
 そう、亡命者とは“帰郷し続けるもの”たちのことだ。ならば私も亡命者だ。いや、被災した故郷を思うすべての者たちが亡命者なのだ。
    ◇
 『帰還の謎』藤原書店・3780円、『震災日記』同・2310円/Dany Laferriere 53年生まれ、作家。



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