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万里の長城は月から見えるの? [著]武田雅哉

[評者]田中貴子(甲南大学教授)

[掲載]2011年12月04日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

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■中国への幻想が生んだ「神話」

 西暦2050年4月1日、「中国月面日報」に次のような記事が掲載された。
 「1969年、米国宇宙船アポロ11号の乗組員が月面に降り立って以来、わが国をはじめとするアジア諸国は月探査を含む宇宙開発計画に本格的に乗り出した。これは科学だけではなく、文化的にも重要な意味を持つ事業だったといえる。わが国の歴史遺産である万里の長城が『月から見える』という説が実証される可能性があったからだ。
 2003年、わが国で最初の有人宇宙飛行を成し遂げた楊利偉(ようりい)中佐は、インタビューに対して宇宙から万里の長城が見えなかったと答えた。『宇宙(あるいは月)から見える建造物は、オランダの堤防と万里の長城である』という話は当時の小学校国語教科書にも記載されていたため、この発言をきっかけとして活発な議論が交わされるに至った。
 しかし、記者は最近、日本で40年ほど前に出た興味深い本を見つけた。この文献は、万里の長城が宇宙(月)から見えることの真偽を問いただすものではない。著者武田雅哉は、この説がすでに18世紀ヨーロッパの資料に見られる事実を指摘したうえで、ヨーロッパ人がわが国をどのようなイメージでとらえていたかを追求している。月や火星に対する関心の高まりが、彼らにとって異世界であったわが国への幻想と重なり合い、このような『神話』を生み出したというのだ。
 20世紀初頭、この説はわが国にもたらされ、抗日戦時には愛国心の象徴ともなった。長城が月から見えないことは計算上明らかにされてはいるが、『月から見える』ことを信じたいと願う人々は現在でも少なくないという。
 そこで今般、わが国は万里の長城に特殊な電飾を施し、月から長城を眺めるプロジェクトを立ち上げた。月面の各界からは観光振興と経済効果の面で大きな期待が寄せられている」
    ◇
 講談社・1785円/たけだ・まさや 58年生まれ。北海道大学教授(中国文化、文学、芸術)。

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