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医者は現場でどう考えるか [著]ジェローム・グループマン

[評者]斎藤環(精神科医)

[掲載]2011年12月04日

[ジャンル]医学・福祉

表紙画像

■診断の誤りはなぜ起こるのか

 何を食べても吐き出してしまう症状に苦しむ30代の女性、アン・ドッジ。30人近い医師の診療を受けながら、深刻な栄養失調状態の進行が止まらない。難治性の「摂食障害」と見なされてきた彼女を救ったのは、先入観抜きで彼女の「物語」に耳を傾けた医師ファルチャクだった。入念な問診と診察の結果、彼女はセリアック病(グルテンのアレルギー)であることが判明し、15年に及ぶ苦しみに終止符が打たれたのだ。
 本書は単なる「医療ミス」の告発本ではない。すぐれた専門医にすら診断を誤らせる認知バイアスについての分析である。たとえば「感情」。医師の感情はしばしば誤診のもとになるが、感情を消してしまうと患者のケアができなくなる。このジレンマの解消に単純な答えはない。
 認知バイアスにはさまざまな名前がある。同じ疾患を続けて診た医師が、新患にもその診断を下しやすくなる傾向は「有用性バイアス」。予想した結果に一致しないデータは無視する傾向は「確証バイアス」。珍しい診断を避けたがる傾向は「シマウマ回避」。何もしないよりは何らかの処置をしたがる傾向は「遂行志向バイアス」。医師として耳が痛い言葉が続く。
 著者が警鐘を鳴らすのは、効率優先の医療のフローチャート化、チェックリスト化、電子カルテ化である。医療品メーカーや製薬会社の介入も問題だ。科学的根拠のない「男性更年期」や効果の不確かな「脊椎(せきつい)固定術」が推奨されるのはこの種の経済的動機付けによるからだ。
 病より人を見よ、とは医学生なら誰もが教わる格言だ。著者はこれに付け加える。確信よりもわからなさを、単純さよりも複雑さを、データベースよりも人間関係を、そして治療(ケア)とともに思いやり(ケア)を。
 医学生や若い医師向けと帯にはあるがとんでもない。専門家を自任する、すべての人に読まれるべき本である。
    ◇
 美沢惠子訳、石風社・2940円/Jerome Groopman 52年生まれ。ハーバード大医学部教授。



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