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アラブ革命はなぜ起きたか―デモグラフィーとデモクラシー [著]エマニュエル・トッド [訳]石崎晴己

[評者]福岡伸一(青山学院大学教授・生物学)

[掲載]2011年12月11日

[ジャンル]社会

表紙画像

■普遍へ文明が接近する過渡期

 大学に入学したての頃、文化人類学者、米山俊直の講義を聴いて目を見開かされた。人間のあり方は環境からの制約と、その中で発生した文化的な仕組みによって規定されている。受験勉強で乾ききった心に、世界の新しい見方は湧水(ゆうすい)のようにしみわたった。それは今にして思えば梅棹忠夫に代表される京都学派の流れをくんだものだった。
 ソ連崩壊、米国衰退を予言していたとして世評に名高いトッドの著作をその大部さゆえに読むことができないでいた。彼のインタビューで構成されたこのハンディな本は、私を含め門外漢の読者にとって格好の入門書である。
 彼の基礎は普遍主義にある。人間は自由と平等を希求する。しかし様々な文化的な桎梏(しっこく)がある。まずは家族制度。すべてが父から長男に引き継がれる権威主義的な直系家族にあっては、自由と平等の意識が育まれない。その中で人を変えてゆくのはデモグラフィック(人口動態的)な要因、すなわち識字率の上昇や出生率の低下である。情報の共有と自己の意識化。
 これはかつて西欧で、旧ソ連で起きたことであり、今、アラブ世界で進行していることでもある。彼は、イスラム原理主義によるテロも、チュニジア、エジプト、リビアで生じたアラブ革命も、普遍への過渡期の一形態であるとみる。彼らはまもなく近代化し、穏健化していくと。
 文明は衝突するのではなく接近している。これは紛れもなく、かつて米山が語ってくれたレビストロースやアイブルアイベスフェルトに連なる知の系譜である。文明の変遷を、経済や宗教の対立として見るのではなく、文化人類学的な生命史として見る。
 文明の生態史観とも呼びうるそれは、唯物史観に対する鮮やかなアンチテーゼなのだ。久しぶりに大学初年度の好奇心を思い出した。訳者による親切な付記と解説も大いに参考となる。
    ◇
 藤原書店・2100円/Emmanuel Todd 51年生まれ。歴史人口学者、家族人類学者。著書多数。

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