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歳月なんてものは [著]久世光彦

[評者]松永美穂(早稲田大学教授・ドイツ文学)

[掲載]2011年12月18日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■名優たちとの思い出、心の風景

 名プロデューサー・演出家・作家として活躍した著者の、新聞や雑誌に掲載されたエッセーがまとめられた一冊。前半には、仕事で出会った名優たちとの思い出が綴(つづ)られている。冒頭のエッセーの、「ドラマの主役は、いつだって〈歳月〉である」という言葉に、いきなり胸をつかれた。ドラマの主役は人気俳優ではなく、「歳月」。昭和の佇(たたず)まいや人情をドラマのなかで再現しようとし続けた人にふさわしい見解である。
 俳優たちの個性が、あっと意表を突く洒脱(しゃだつ)なキーワードでまとめられている。例えば、「柄本明は〈歳月〉だった」。そこだけ取り出すと、「え?」と思うけれど、「センセイの鞄(かばん)」というテレビドラマにおける、七十代の「センセイ」を演じた彼の演技を指して言われた決定的な一言なのだ。ほかにも、岸恵子の〈矜持(きょうじ)〉、藤村志保の〈勁(つよ)さ〉など、インパクトのある人間観察が続く。演じる人々へのリスペクトと愛に溢(あふ)れていると同時に、作品の創(つく)り手として、俳優たちの成長や変化の瞬間を、見事にとらえている。
 後半には、幼いころの記憶や、実家で読んだ本の思い出が綴られている。五歳の時にはすでに「半七捕物帳」や吉屋信子の「花物語」を読み、マレーネ・ディートリッヒ主演の「間諜(かんちょう)X27」を近所の映画館で観たというから、何とも早熟な子どもだ。昭和十年生まれの幼年期が、意外と軍国主義に毒されない、文化的なものだったことに驚く。母や姉との幸福なひとときが、二・二六事件や疎開や空襲に対置されている。
 歳月の流れ方は均等でない。ここに記された思い出を見てもそれはわかる。五十代・六十代になって書かれたこれらのエッセーは、さりげなく心の風景を切り取っているように見えるが、歳月を経て熟成したワインのように、じんわりと心を酔わせてくれる。
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 幻戯書房・2625円/くぜ・てるひこ 1930~2006年。演出家、作家。TV番組に「時間ですよ」など。

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